有明海漁民・市民ネットワーク(HP仮オープン中)

諫早湾開門をめぐる長崎地裁の和解案に関する声明

 有明海漁民・市民ネットワーク(漁民ネット)では、2016年1月18日に長崎地裁から示された和解案に関して、2月19日に声明「農漁共存の解決のために誠実な協議を」を発表し、長崎地裁に提出しました。

 有明海では、長年にわたり、深刻な漁業不振が続いています。諫早湾干拓事業との因果関係が疑われ、2010年12月に諫早湾潮受け堤防排水門の常時開放(以下、開門)を命じる判決が確定しました。ところが、国は、確定した判決を守ることなくサボタージュし続けています。そして、開門に反対する一部住民が起こした裁判で開門差し止めの仮処分決定が2013年11月に出ると、「相反する義務がある」「最高裁の統一的判断を待つ」などとして、問題解決にいっそう後退した姿勢を取り続けています。国の不誠実な対応から、様々な訴訟が乱立し、問題は泥沼化。2015年10月には福岡高裁および長崎地裁から和解勧告が出されました。これまで、開門に反対する裁判の原告側は、話し合いを拒否してきましたが、年が明けた1月8日に「開門しないことを前提」として和解協議に応じることを決め、国もこれに応じました。和解協議を始めるにあたり、1月18日に長崎地裁から和解案が提示されました。

 一般には、諫早湾の開門問題は複雑で解りにくく、農民と漁民の対立という構図で捉えられがちですが、開門で懸念される営農への被害は国が十分な対策を行うことにより回避できることから、農業も漁業も共に成り立つことができます。「開門か非開門か」ではなく、農業も漁業も安心してできるようにするにはどうすべきか?を話し合うことが本来の和解協議のはずです。ところが、長崎地裁が示した和解案は、開門しないことを前提に、開門請求権が確定している漁民原告側にその権利の放棄を求める極めて不公平な内容でした。私たちは、長崎地裁をはじめとするすべての関係者に対して、誠実な話し合いによる農漁共存の解決を求める立場から、2月19日に声明を発表し、漁民ネット顧問の錦織淳弁護しの意見書とともに長崎地裁に提出しました。

 声明には、長崎地裁の和解案の様々な問題点を記しています。そして、この和解案は、長崎地裁独自の考えというより、司法上層部の影響が強く疑われます。国家権力に従う司法堕落の現状は、司法に救済を求める国民全体の問題であり、決して他人事ではありません。ぜひ、声明をお読みいただき、この案内文と共に各方面に拡散してください。諫早湾の開門問題を、多くの国民が自分自身の問題として捉え、司法の現状や国の在り方を問い直すきっかけにしていただけたら幸いです。

長崎地裁の和解協議に関する声明「農漁共存の解決のために誠実な協議を」
 [PDFファイル]

和解協議にあたって裁判所に望むこと ─何が最も大切かを考えて戴きたい ─ 
  有明海漁民・市民ネットワーク顧問 弁護士 錦織 淳
 [PDFファイル]

長崎地裁の和解勧告

 


2016年2月19日

長崎地裁の和解協議に関する声明
農漁共存の解決のために誠実な協議を

有明海漁民・市民ネットワーク

1.開門しないことを前提とする一方的な和解案
 諫早湾の開門をめぐる争いについて、長崎地裁は、開門をしない代わりに、国が漁業環境改善措置を実行し漁業者に解決金を支払うとの和解案を1月18日に示した。
 和解案は、確定判決に基づく開門の影響を回避するための国の対策工事が、開門反対派の妨害によって進まないことを容認してしまっている。これは、司法自らが、確定判決の履行を実力で妨害する行為を是認し、「開門しないことが協議の前提」という開門反対派の言い分を丸呑みした一方的なものであり、和解の名に値しない。
 本来、和解協議において重要なことは、真摯な議論を通じて、問題解決のための方策を共に模索することである。具体的には、開門反対派が主張する開門に伴う被害発生のおそれと、開門による有明海再生の可能性について、話し合いを続ける中で、お互いに安心して農漁業に従事できる結論を導き出すことが本当の解決である。

2.漁業の実態を無視した無責任な有明海再生案の提案
 和解案は、「開門によらない水産資源の回復・漁業経営の安定に向けた取り組みには一定の進展がある」としているが、一定の進展とは具体的に何か。長崎県のタイラギ漁は諫早湾干拓工事が本格化した1993年から連続休漁を余儀なくされており、佐賀・熊本のタイラギ漁も4期連続休漁と、有明海からタイラギが消えてしまいかねない事態である。有明海西部のノリ養殖は9期連続で赤潮被害に見舞われ、諫早湾及び周辺部の漁船漁業は漁船の燃料代も稼げないほどに漁獲がない状況である。漁業被害を背景とした自殺者も後を絶たず、数十名もの尊い命がなくなっているのである。現実に起こっている漁民の悲劇の深刻さを裁判所は一体どれだけ感じているのだろうか。
 「開門に代わる有明海再生策」は、既に11年以上にわたり農水省関連だけで430億円以上もの公費が投入され、調整池の水質改善対策も含めれば1000億円以上にも及んでいるが、一向に効果がないばかりか、被害は深刻さを増すばかりである。和解案が示す代替案が絵空事であることは、こうした事実が証明している。
確定した開門請求権の放棄を求めておきながら、こうした漁業の実態を顧みることなく、その代替となる漁業環境改善措置の具体策を国に丸投げする無責任な態度は許されない。

3.不公平な被害評価と、代替できない開門調査の意義
 一方、和解案は「開門により重大な被害が生じるおそれがある」と述べるが、その内容と総額はいくらと想定しているのか。昨年11月に長崎地裁が保全異議決定で認定した開門に伴う被害は、主に台風時以外の潮風害など限定的であり、それらは十分な対策を講じることで回避可能であることが明らかになっている。現実に起こっている深刻な漁業被害には目を背ける一方で、工夫次第で十分に回避できる程度の影響や、具体的な根拠の乏しい被害の「おそれ」を過大視し、開門しないことを協議の前提とする和解案は、あまりにも不公平かつ不合理な内容と言わざるを得ない。
 和解案はまた「開門が漁業環境にもたらす影響については見解が分かれている」と述べている。現在最高裁に上告中の諫早湾内漁民の訴訟では開門請求権が否定されているが、それは開門請求権が確定した漁民とは漁場や魚種が異なるのであって、「開門が漁業環境にもたらす影響」は「あるもの」と確定している。そして、福岡高裁の確定判決は、因果関係のさらなる解明のために開門による調査を求めたものであり、それは解決金や曖昧な有明海再生策で代替できるものではない。
 また、開門請求権を有している漁民は、漁業被害に苦しみ有明海の再生を願う多くの漁民を代表しているものであり、権利漁民へ解決金が支払われれば問題が解決するわけではない。

4.開門確定判決の無力化に協力する司法
 そもそも、和解案が述べるように、国には確定判決を履行しない異常な事態についての重大な責任があるにもかかわらず、司法自らが確定判決を無力化し、解決金や効果が期待できない再生策での代替を認めるという考えをとることは、司法の存立意義を自ら否定するものである。原発事故、公害、薬害、理不尽な公共事業、医療事故、その他様々な事案で、生活や生命を守るために、国民は司法に救済を求めている。開門を命じた福岡高裁判決は、諫早湾干拓事業という巨大公共事業による有明海漁業への悪影響を認めた見識ある判決として、司法に救済を求める多くの国民が歓迎した。ようやく勝ち取った確定判決さえも無力化させるような和解案を長崎地裁が示すことは、行政の暴走に裁判所が手を貸すものであり、国民の司法に対する信頼を大きく失墜させる。
 和解案はまた「開門差し止めを認容する判決が言い渡され、これが確定すれば、開門確定判決に基づく強制執行が許されなくなる蓋然性は低くない」とも述べているが、何を根拠に、そのようなことを裁判所が示唆するのか、全く理解できない。仮に、開門差し止めを認容する判決が確定したとしても、開門確定判決の効力が失われることはないのであって、開門差し止め訴訟を審理する裁判所自らが相反する判決の確定を仄めかし、別訴の行方にまで口を挟んで威圧することは、問題解決のための調整役として失格であり、不誠実極まりない。

 以上のように、長崎地裁の和解案は、問題解決に向けて真摯に向き合おうとしない不誠実なものであり、私たちは、長崎地裁をはじめとするすべての関係者に対して、有明海が再生し、農業者と漁業者が安心して暮らせる社会をめざして、誠実に協議することを切に要望する。

 


平成28年2月19日

長崎地方裁判所 御中

有明海漁民・市民ネットワーク顧問
弁護士
元衆議院議員・首相補佐
錦織  淳

和解協議にあたって裁判所に望むこと
─ 何が最も大切かを考えて戴きたい ─

第1 はじめに
 この件は通常の民事訴訟とは根本的に性格が異なる。我が国の国策を巡る係争だからである。そして,日本の未来が託されていると言ってよい。なぜなら“各論に神宿る”からである。
 その意味では,この件は裁判所にとっても荷の重いものかもしれない。しかし,三権分立下にあって,司法もまた統治機構の一翼を担うものである以上,避けがたい裁判所の職責である。
 以下,申し上げたいことを,和解を考える上での視点ごとに述べることとする。

第2 皮相のみの解決(和解)は本当の解決(和解)にならないこと
 仏教の寓話に“賽の河原の石積み”という話がある。親に先立って亡くなった童が三途の川の賽の河原に親の供養のため石を高く積み上げるが,完成したとたんに鬼が出てきてこれを壊してしまう。それが何度も何度も繰り返されるという,切なく哀しい話である。転じて無駄な努力のたとえとなる。
 我々は,無自覚のうちに同じことを行ってしまう。問題がなかなか解決できないときは,誰でも苦しい。早く解決したくなる。しかし,根本的解決につながらない苦し紛れの表面的・皮相的解決は,いったんは係争(紛争)が治まり解決したように見えても,実は根底にある問題が何も解決されていないため,しばらくして,また今度は違う形で係争が吹き出してしまう。それが繰り返されると,その時は後戻りができなくなって,事態はもっと深刻なものとなり,もはや収拾不可能となる(最近では,ブッシュ・ジュニアのイラク開戦とISをはじめとするテロの世界中への拡散を想起していただきたい。)。
 その典型が水俣病を巡る補償問題である。チッソと国・県はわずかばかりの「見舞金」を与えて患者をいったんは黙らせた。しかし,それは解決にはつながらなかった。やがて,訴訟と自主交渉という激しい闘いを引き起こした。水俣病認定問題も,何度も線引きをして,そしてこれで終わりにしようという試みがなされたが,未だ解決に至っていない。水俣病の裾野の拡がりを無視して無理矢理解決しようとしたからである。
 諫早湾干拓と有明海問題でも同じことが繰り返されてきた。もともと,諫早湾干拓事業に対しては,福岡・佐賀・熊本3県(有明海)県漁連は猛烈に反対していた。だが,今にして思えばわずかばかりの金で事業実施に同意してしまった。干拓事業の影響は湾内及びその近傍にとどまるという説明を信じたからである。しかし,実際はそうならなかった。
 干拓後の湾内漁業もせいぜい2割程度の漁獲減にとどまるという説明を信じて,これまた今にして思えばわずかばかりの金で事業実施に同意してしまった。しかし,現実はまるで違った。干拓事業着手後直ちに伝統のタイラギ漁業は壊滅的な打撃を受けてしまった。まず,もっとも弱い底生のタイラギ漁業を死滅させ,次に漁船漁業に打撃を与えた。そして,遂には海苔漁業にまで深刻な影響を与えた。被害は有明海全域に拡がった。
 貴裁判所の「和解勧告」は,
  「解決金として,支払済みの間接強制金に加えて一定の金額を支払う」
というが,
  「諫早湾干拓事業と有明海漁業の衰退・滅亡との間の因果関係が,有りや無しや」
という,我が日本国民に与えられたこの不幸な課題にどうしたら答えられるかという根本問題から目をそらし,この問題を根本的に解決しないことによって失われる巨額の損失に比べたらほんの僅かばかりのお金を漁民に与えて,その漁民を黙らせてみたところでいったい何になるのだろうか。

第3 何が解決しなければいけない課題か
 確かに,開門を命ずる確定判決と開門差止めの仮処分決定が併存し,また国が確定判決に基く義務を履行しないという「異常な事態」が続いている。
 貴裁判所の和解案に従えば,確かにこのような表面上の対立は解消されるだろう。国が確定判決を履行しないという前代未聞の事態も解消される。
 しかし,それでよいのか。それはたんに深刻な問題の表面だけを糊塗することにならないか。そのような表面的で皮相な解決を“解決”とすることによって満足した結果,もっと巨大な損失を蒙ることにならぬのか。
 今,我々に与えられている「開門の是非」というのは,開門によって有明海の自然環境ひいては漁業にどの程度の回復がもたらされるかということを実証的に試みてみようというものである。諫早湾干拓事業そのものの影響の有無・程度を判定するというテーマ設定に比べればはるかにつつましいものである。この程度のささやかな“実証実験”さえ許されない硬直した施策ばかり続けているようでは,我が国民の未来は暗い。開門調査は,有明海の回復,我が国の天然資源の回復という大きなテーマにとっては極めて控え目でささやかではあるが,しかし極めて有力な一手段・方法である。
 周知のように,我が国経済の未来への展望は全く切り開かれていない。戦後日本は,自動車・家電産業等を通じて奇跡の復活を遂げた。しかし,今後これに代わり得る産業があるだろうか?皆不安に思っている。しかも,グローバル化した世界市場の中で,日本が劣勢に立たされている分野もどんどん出ている。これからいったいどうするのか。新しい産業を興していかなければならないのではないか。皆がそう思っているが,誰も答えを語らぬ。
 しかし,“正しい解の一つ”が今我々の眼の前にある。それは,有明海という素晴らしい天然資源をどうやったら回復できるかということである。
 キーワードは,有明海が“閉鎖水域”だということである。閉じられた水域は傷つきやすい。しかし,これを反対からみると,どのような方策が有害で,どのような方策が有益かという判断を加えるうえで,これほど適切なものはない。
いかなる施策が自然や資源の回復に有効か,これを検討・研究し,一定の答えを見出すのにこれほど好都合な場はない。そこでは,様々な実証実験が可能である。施策の結果を具体的に判定することができる。しかし,“外洋”ではそうはいかない・“外洋”で同じことをやろうとすれば,莫大な時間と莫大な費用がかかる。
 一般的にいって,“閉鎖水域”は海水と真水が入り混じり,それだけ自然・資源の多様性に富んでいる。これを簡単に死滅させてはいけない。それは国家的損失である。
 これに対し,このような“閉鎖水域”で様々な実証実験を行い,最先端のIT技術を駆使して様々な法則を解明することができれば,それは科学技術の“巨大な成果”である。これは,新しい最先端産業の端緒ともなり得る。環境や自然破壊に苦しむ海外への“輸出”も可能である。我が国が外貨を稼ぐ一つの柱になり得るだろう。
 諫早湾の“開門”は,そのような実証実験の一つである。しかも,極めて控え目にしてささやかな実証実験である。これを放棄して何をやろうというのか。このチャンスを逃して,いったい,いつ,何をやろうというのか。「養殖漁業の振興」などというのは,それに代わり得るようなしろものではないことは,ちょっと考えればすぐわかることであろう。我が国の未来を考えれば,答えはただ一つ。直ちに“開門調査”という“実証実験”に着手することである。それが「未来につながる和解」ということである。

第4 その他今般の和解案で看過しがたい点
 1 確定判決に基く国の開門義務の不履行をあたかも容認するかのような口ぶりは司法が絶対に口にしてはならないこと
 今般の貴裁判所の和解勧告中には,
  「国が確定判決を履行しない異常な事態となっている。」
とのくだりがある。
 国が確定判決を履行しないということは行政権による司法権の否定であって,国家権力自身による自己否定に他ならない。行政によって司法が愚弄されていると言っても決して過言ではない。司法に携わる者にとって,絶対に許容してはならないことである。それにもかかわらず,「異常な事態となっている」という表現は,まるで他人事のようではないか。
 しかも,このような表現は,本和解勧告の公平感を著しく阻害する。なぜなら,本和解勧告の動機は,前述したように,「開門を命ずる確定判決」と「開門差止を認める仮処分決定」が併立している「こう着状態」を打開せんとするものというが,本来重みの異なるはずの二つの裁判を比較し,確定判決より単なる保全処分を重く見るということ自体著しく不合理であるのに,確定判決を履行しないという違法な不作為を継続し,これを改めようとしない国の違法行為を追認・是認するかのような「和解勧告」はそれ自体の公平性に根本的な疑問を抱かせてしまう。
 法治国家であるならば,確定判決に基く義務はきちんと履行する,というのが和解にあたっての最低限の前提ではないだろうか。
 更にこれに関連して,容認しがたいのは,本和解勧告が
  「開門に反対する地権者の協力が得られないことなどから,同工事は進捗せず」
と述べているくだりである。これは二重の意味でおかしい。
 まず第一に,地権者の反対に合理性があるか否かの検討が加えられていないことである。干拓地の農業は,そもそも漁業者の犠牲の上に初めて成立し得たものである。タイラギの潜水器漁業が行きづまり,本来自らの生活の糧の手段であったはずの重い潜水器具や潜水服を身に着けて(重さ70キロ以上)自ら海に身を投じて命を断った漁業者もいる。開門によって漁業の回復が可能かどうかという,極めてささやかな実証実験を,何故受け入れようとしないのか。あまりにもエゴイスティックな姿勢ではないか。
 第二に,地権者の反対があるから確定判決を履行しないというような弁明をあたかも容認するかのような表現はいかがなものか。このような口実がまかりとおるなら,司法の秩序は崩壊してしまうだろう。
 2 受訴裁判所としての則を超えているのではないか
 本和解勧告には,もう一つ看過しがたい重大な問題がある。それは,
  「本件において開門の差止を認容する判決が言い渡され,これが確定すれば,前訴判決に基く強制執行が許されなくなる蓋然性は低くない。」
と述べるくだりである。
 ここにも,以下の二点で重大な問題がある。
 まず,もっとも容認しがたいのは,第一審の受訴裁判所として審理を担当しているに過ぎない貴裁判所が,高裁,ひいては最高裁における判決の“予測”に実質上言及しているということである。「これが確定すれば」というのはそういう意味である。これは三審制度の否定であり,このような“見通し”を語ることなどあってはならないことである。
 第二に,百歩譲って,仮に本件が貴裁判所が言及するような形で確定したとしても,だからといって開門確定判決の効力が否定されるわけではない。二つの本案確定判決が併立するという点で,今よりも事態がより深刻になるというだけである。
 いずれにしろ,第一審の受訴裁判所がこのような前提に立っている限り,和解の入口に立つことすら躊躇されてしまう。
 貴裁判所の猛省を促したい。

第5 結語
 以上の指摘に耳を傾けて戴き,司法に付託された職責と使命を果たして戴ければこれにすぐる喜びはない。

以上

 


諫早湾干拓地潮受堤防北部及び南部各排水門開門差止請求事件

平成28年1月18日
長崎地方裁判所民事部

 当裁判所は,本件事案の内容に鑑み,当事者及び補助参加人並びに利害関係人に対し,以下のとおり和解を勧告する。

和 解 勧 告

1 本件事案の内容
 本件差止請求訴訟は,国営諫早湾土地改良事業(以下「本件事業」という。)により,諫早湾奥部に設置された潮受堤防の各排水門(以下「本件各排水門」という。)について,調整池への海水導入を含む態様での開門(以下「開門」という。)の差止めを求めるものである。
 本件各排水門の開門については,本件以外にこれまで複数の訴訟(以下「別訴」という。)が提起され,すでに判決が言い渡されたものがある。このうち,福岡高等裁判所が平成22年12月6日に言い渡した判決(以下「前訴判決」という。)は,国に対し,諫早湾近傍の漁業者58名の原告との関係で,本件各排水門の開門を5年間継続することを命じ,これに対し,国が上告をせず,同判決は確定した。前訴判決の原告らは,前訴判決に基づいて,国に対する間接強制を申し立て,既に3億円を超える間接強制金が支払われた。現在,その強制執行の不許を求める訴訟(一審請求棄却)の控訴審が福岡高等裁判所に係属中である。これに対し,別の開門請求訴訟(一審長崎地方裁判所。第1陣訴訟。一審判決は,開門請求棄却,損害賠償請求一部認容。)につき,控訴審である福岡高等裁判所は,一審判決を取り消して同訴訟の原告らの損害賠償請求を棄却するとともに,開門を求める原告らの控訴を棄却した。同訴訟は現在最高裁判所に係属している。また,開門請求の第2陣訴訟が当裁判所に係属している。他方,開門に反対する者は,当裁判所に本件差止請求訴訟を提起したほか,その仮処分命令を申し立て,当裁判所は,平成25年11月12日,一部の債権者につき,開門によって被害が生じることなどを理由に,申立てを認容する決定(これに基づく間接強制も執行されている。)をし,その保全異議事件について,平成27年11月10日,同決定を一部認可する決定をした。現在,保全抗告事件が福岡高等裁判所に係属している。
 以上のとおり,本件各排水門の開門については,当事者及び時点を異にして,結論が異なる複数の判決・決定が存在する。

2 和解による解決の必要性
 開門をめぐっては,有明海の漁業者が開門を求め,調整池近傍の農業者や居住者らが開門に反対するというだけではなく,諫早湾を含む有明海の漁業者においては,開門についての意見が分かれており,諫早湾を中心とした地域においては,開門をめぐる対立が複雑かつ深刻である。また,国には,前訴判決が命じた開門義務があり,開門には対策工事等を実施する必要があるが,開門に反対する地権者の協力が得られないことなどから,同工事は進捗せず,さらに,開門の仮の差止めを命ずる上記決定のため,また,国は自ら前訴判決についての請求異議訴訟を提起しており,国が確定判決を履行しない異常な事態となっている。開門に向けた動きは,事実上こう着状態にある。そして,開門をめぐる各訴訟については,判決の確定までに相当期間が見込まれる上,訴訟の個別性から,各訴訟についての最高裁判所の判決等により統一的な解決が図れるかは不透明な状況にある。
 当裁判所は,このような状況に鑑み,和解による解決の必要性が高いと考え,対立する関係者が和解協議という話し合いの場を持ち,一定の方向での解決を目指すのが相当と考える。

3 解決の方向性
 前記のとおり,開門を命じる確定した前訴判決があり,その執行力に基づき強制執行(間接強制)がなされている。
 しかし,本件各排水門の開門は,諫早湾を締切前の原状に復するものではなく,本件各排水門の開門が漁業環境にもたらす影響については見解が分かれている。そして,開門で調整池の水位が現状より上がった場合はもとより,本件各排水門の締切後,調整池の水質の悪化,新干拓地での営農の開始等の変化が生じており,さらに設備の経年劣化の進行もあることから,開門により,調整池近傍における農業,漁業,生活につき重大な被害が生じるおそれがある。対策工事等の効果の程度はさておくとしても,対策工事等をしないまま開門すれば上記被害の発生は避けられず,対策工事等が進捗しない現状での開門は現実的にすることができない。さらに,本件において開門の差止めを認容する判決が言い渡され,これが確定すれば,前訴判決に基づく強制執行が許されなくなる蓋然性は低くない。
 他方で,前訴判決に係る漁業者らの目指すところは有明海の再生にあるところ,前訴判決後,養殖技術の開発が進むなど,開門によらない水産資源の回復・漁業経営の安定に向けた取組みには一定の進展がある。
 そして,被告国には,現在,別訴の確定判決(前訴判決)に基づく開門義務があり,確定判決を履行しない異常な事態についての責任がある。さらに,被告国は,漁業者の負担のもとに本件事業を推進したのであるから,本件和解においては,開門に代わる漁業環境改善のための措置を検討・実行すべきである。この措置は,これまでの取組みに加え,開門に代替するものとして相応の規模をもって,かつ,確実に実施されるものでなければならない。さらに,本件和解は,開門に関連する訴訟を含めた全体的な解決を図るべきものであることからすれば,開門に代わる措置を実施する場合,前訴判決の原告らによる,前訴判決についての不執行の合意が不可欠であり,被告国は,この点についての特段の配慮を要し,上記の措置のほかに解決金として,支払済みの間接強制金に加えて一定の金銭を支払うとするのが相当である。
 以上の事情等を踏まえ,当裁判所は,当事者双方及び補助参加人並びに別訴の当事者等の利害関係人に対し,被告国の上記措置を前提に,開門によることなく有明海全体の漁業環境を改善する方策を検討し,本件を含めた全体の解決を図る和解の協議を勧告する。
 本件和解においては,漁業者,農業者,居住者,国が,本件を解決するための同一の協議の場についたのであるから,本件の解決及び有明海の再生に必要な方策を協議し,それぞれの立場において本件の解決についてできることを検討することが望まれる。
 そして,当裁判所は,次回(1月22日)の和解期日に各々の意向を聴取した上で,次々回期日までに更に具体化した案を提示する予定である。

以上