有明海漁民・市民ネットワーク(HP仮オープン中)

和解協議に関する長崎地裁、福岡高裁への要請文


2016年12月8日

長崎地方裁判所裁判長 松葉佐 隆之 様
福岡高等裁判所裁判長 大工 強 様

諫早湾潮受け堤防の開門も含めた本来の和解協議を

有明海漁民・市民ネットワーク

1.和解協議の継続を求める

 有明海再生をめぐって長崎地裁で継続している和解協議で、本年11月30日、国は総額を100億円とする「開門しないことを前提とする」基金案を提出しました。しかし、関係する漁業者の反発は強く、この基金案では解決しないことが確実になっています。これは、基金案が、中長期開門調査に代わるものとして2004年から行っている対症療法的な事業や調査の域に止まっており、漁業被害が続く現状を見れば、根本的な有明海再生には結びつかないことが実証されているからです。基金は、昨年から4県の漁業関係者が求めていたものですが、これは開門が実現し有明海再生の道筋が得られるまでの当面の生活を支えるために求めたものであり、国は和解協議とは切り離して真摯に応えなければなりません。このことは、4県の漁業団体が本年11月8日に農水大臣に提出した要望書でも確認できます。一方、和解協議については、「開門しないことを前提とする」和解案では解決が望めない以上、前提条件を付けない協議を始めるステージに来ています。和解協議を打ち切って判決を出すことも可能ですが、それでは円満な解決にはならず、たとえ最高裁で開門とは別の判決が確定したとしても諍いは永遠に続きます。福岡高裁の開門判決を国が上告せずに受け入れた事実は、国が原告漁民との和解に応じたとも言えるわけで、今の政府が求めている「最高裁での最終判断」以上に重いものです。諍いを終結させるためには、全ての関係者の話し合いによる和解しかありません。国は、国会答弁の中で、開門の可否に関わらず裁判所の指揮に従って対応する考えを明らかにしています。よって、解決の焦点は裁判所の指揮にあります。私たちは、昨年1月に最高裁が示した和解の勧めを尊重し、和解協議の継続を強く求めます。

2.開門の意義を認識すること

 諫早湾干拓事業と漁業被害との因果関係は、諫早湾開門研究者会議が本年5月9日に示した声明の中でも述べられています。(1〜4、研究者声明を引用)

1)諫早湾干潟のもつ極めて大きな生態学的機能(水質浄化能力や魚介類の産卵育成の場としての機能)と干潟堆積による浄化能が失われ、それに代わって、調整池から日常的に汚濁水が有明海に排水されるようになった。

2)淡水化された調整池は有毒物質を有するアオコの大量発生源になった。調整池からの排水を通して、アオコ由来の有毒物質が海域にも拡散している。

3) 潮受け堤防の建設によって有明海奥部の潮流が変化した。とりわけ諫早湾内では潮流が著しく弱まり、上記1)の要因と相まって、赤潮や海底の貧酸素化が発生しやすい海況が生じた。

4)有明海奥部において魚類等の餌となる底生動物は減少傾向にあり、2014年の調査における平均密度は、閉め切り直後(1997年)に比べて30%程度にまで減少した。しかし、調整池に海水を一時的に導入した2002年の短期開門調査直後には、底生動物の平均密度が前年の5.6倍に一時的に増加した。

短期開門調査では、直後の有明海全域での底生生物の爆発的な増加だけでなく、有明海湾口部で底質が粗粒化し、開門の効果が有明海全域に及んでいたことが確認されています。また、最新の科学的知見では、諫早湾潮受け堤防による閉め切りで、上げ潮時のエネルギーが開放系(干潟が吸収)から反発系(潮受け堤防によって跳ね返る)に変化したことにより、有明海奥部の潮流が変化し滞留を招いていることが明らかになっています。以上、短期開門調査で実証されたことの長期的な確認や最新の科学的知見を確認する意味でも、中長期開門調査を実施することは有明海再生のために不可欠です。

 また、諫早湾閉め切りは、漁業者ばかりでなく、周辺の産業にも大きく影響しています。例えば、佐賀県大浦で造船業を営んでいた大鋸豊久さん(故人)の場合、閉め切り前の年間売上高は約7,000万円でしたが、閉め切り後(1999年頃から)急激に減少し、2006年には約1000万円になりました。「開門しないことを前提とする」基金案では、造船業や観光業など周辺の産業を再生することにもつながりません。諫早湾潮受け堤防の開門なくして有明海再生は始まらないことをしっかりと認識してください。

3.開門を含めた和解協議こそ農漁共存への道

 調整池の水質改善だけでも既に数百億円が投入されていますが、上記のとおり、開門しなければ無駄な投資が永遠に続きます。しかし、開門すれば調整池の水質は確実に改善します。そして、調整池の排水に起因する漁業被害が減少する可能性が大いにあります。一方、開門に伴う諫早湾背後地の被害は、長崎地裁の保全異議決定によれば、台風時以外の潮風害など限定的であり、これらは一定の予算があれば対策可能です。開門差し止め訴訟原告団の望みは、安心して農漁業ができる環境を維持することですから、国が誠実に和解協議に臨み、開門に伴う被害に対する対策の見通しが立てば和解可能なはずです。基金案の予算は、むしろ開門に伴う被害に備える基金とする方が効果的です。国も、裁判所の指揮に従うとする以上、開門のための対策を真摯に検討するでしょう。和解協議打ち切りでは諍いに終焉は望めないのですから、裁判所の指導があれば開門差し止め原告団も従うはずです。すべての関係者の生活に安心をもたらす解決策は、開門を含めた和解協議を真摯に進めていくこと以外にありません。実質的な協議の場を長崎地裁から福岡高裁に移すことも考慮しながら、裁判所の強いリーダーシップで開門を含めた本来の和解協議を始めるよう、よろしくお願いします。