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諫早湾開門研究者会議が評価委員会に意見書を提出

 諫早湾の開門調査に積極的な考えを持つ科学者のグループである諫早湾開門研究者会議は、2017年1月23日に、有明海・八代海等総合調査評価委員会に対する意見書を提出しました。
 この意見書は、評価委員会の2016年報告の取りまとめ作業が終盤となり、パブリックコメントや報告書の公表時期が近づいてきたことから提出したものです。
 意見書では、国に開門調査を命じる裁判が確定したことや、和解協議における「開門に代わる基金案」の問題など、前回2006年の報告以降の10年間において社会の変化もある中、評価委員会が依然として諫早湾干拓や開門問題についての検討を避け、その結果、2016年報告の内容も前回2006年の報告から進展のないものとなっていることを批判し、報告書の公表を延期してでもこうした問題に取り組むことを求めています。


2017年1月23日

2016年報告案に関する有明海・八代海等総合調査評価委員会への意見

諫早湾開門研究者会議

 有明海・八代海等総合調査評価委員会(以下、評価委員会)は2006年の第1次報告(以下、2006年報告)に続いて、2016年度中に第2次報告(以下、2016年報告)の取りまとめを予定している。12月22日の第39回の会合で示された2016年報告の原案は、ページ数は膨大であるが、その内容は大量の調査データの列挙や、海域別に繰り返される同様な記述であって、2006年報告からの進展は見られない。有明海の漁業不振の原因解明が甘く、根本的な対策ではなく対症療法策に終始している。
 その原因は、2006年報告に対して多くの研究者や漁業関係者などが行った指摘と同様に、根本的な原因と想定される諫早湾干拓の影響に関する検討が、ほとんど行われていないからである。後述するように、2006年以降、諫早湾干拓の影響に関する新しい知見も示されているが、評価委員会ではほとんど取り扱われていない。
 2004年に農水省が中長期開門調査の見送りを決定したこともあり、これまで評価委員会では諫早湾干拓や開門調査の問題に積極的に取り組むことはなかった。 しかし、2010年には国に開門調査を命じた福岡高裁判決が確定し、国も表向きは開門調査を実施する方針である。その後の裁判における開門調査をめぐる混乱を収拾するためにも、評価委員会には開門調査について主体的に検討し評価を行うことが求められている。
 評価委員会は2016年報告の大臣提出を延期してでも、諫早湾干拓問題や開門調査について十分に審議し、有明海再生のための根本的な原因解明と対策の提示を行うべきである。
 以下、上記の論点について詳述する。

●2006年報告への批判とその後の10年
 2006年12月21日に公表された2006年報告の「要因・考察」の項で、諫早湾干拓というキーワードが出てくるのは、わずか1カ所のみであった。これに対して、諫早湾開門研究者会議の東幹夫、佐々木克之、堤裕昭、松川康夫(故人)を含む6人の研究者が連名で、申し入れや公開質問などを提出し、2006年12月28日に「報告書分析」を公表している。そこで研究者らは、1990年代の環境変化と漁業資源の衰退の主な原因は諫早湾干拓である可能性が高いことを、具体的な資料と総合的・疫学的考察から指摘した。研究者らは評価委員会が農水省の意向に沿って、有明海異変と諫早湾干拓の関係の議論を可能な限り避け、原因不明という結論を導いたと指摘し、評価委員会を「漁業者を救おうとする社会的責任感の欠如」「開門調査をしないという前提のため、科学的検討が十分になされなかった」「総合的・疫学的観点からの因果関係を求める視点がなく、個々の事業を並べて、有明海異変について不可知論を導いている」などと批判した。
 これらの批判は、残念ながら、この10年間の評価委員会の姿勢や、2016年報告案(第40回評価委員会配布資料)の内容においても、依然として当てはまる。
 諫早湾閉め切り直前の1996年の有明海の漁獲量を100%とすると、2006年は49%、2015年は38%に落ち込んでいて、2006年以降も漁獲量の減少は続いている。2016年報告案では、2006年報告の総括や、10年間に行われた対策への反省がほとんどないまま、「希有な生態系、生物多様性及び水質浄化機能の保全・回復」「二枚貝等の生息環境の保全・回復と持続的な水産資源の確保」という「全体目標」を、概ね10年でめざすことを設定している。達成目標自体も具体的な数値が示されておらず、10年という期間の根拠も示されていない。

●2016年報告の「要因、原因分析」や「再生への取組」での問題点
 2016年報告案では、魚類減少の要因について、稚魚や仔魚の成育場である干潟・浅海域等の減少、魚類や貝類の生息場であり稚魚の輸送経路である底層・底質の貧酸素化、魚類の餌生物であるベントスの減少などを指摘し、大量の淡水出水や小潮時の潮汐混合の弱まりに始まる貧酸素水塊発生のメカニズムも述べている。しかし、諫早湾干拓による広大な干潟消失や調整池からの大量排水、諫早湾内の流速低下等をふまえれば、根本的な解決策として当然記述されなければならない潮受け堤防排水門の開放に関する記述がない。
 中でも、各海域の考察でタイラギの報告があるなか、諫早湾の考察においてのみ、タイラギの報告がないことは恣意的と言わざるを得ない。諫早湾はかつてタイラギの主要な漁場だったのであり、1993年以降休漁が続いている原因について口を閉ざすことは許されない。
 ベントスについては、有明海奥部における1989 年夏季と2000 年夏季の調査で、全マクロベン個体数は半分以下に減少しているとの報告が紹介されているが、それ以外は2005年以降の有明海11地点のおける継続調査による考察が主で、諫早湾閉め切りや短期開門による変化を捉えていない。次項で紹介する東幹夫・佐藤慎一らが1997年以降継続している調査などを参照すべきである。
 魚類減少については、底生種のウシノシタ類・ヒラメ・ニベ・グチ類、カレイ類、クルマエビが1990年代後半に過去の漁獲統計値の最低を下回っていると述べ、さらにシログチやクルマエビが、外海で孵化し、稚魚・稚エビが熊本沿岸を経て福岡地先に輸送され、成長しながら佐賀から長崎沿岸を経て外海に移動することを示している。グチやクルマエビの漁獲が極端に減少しているので、この移動ルート、とりわけ漁獲対象域となる佐賀と長崎で漁獲量が減少していること、また減少が1997年以降に顕著であることを考えれば、諫早湾干拓との因果関係は疫学的に強く疑われるところであり、開門調査の必要性について記述することは不可欠である。
「再生への取組」では、カキ礁の実証事業や種苗放流、覆砂、浚渫、海底耕耘、養殖技術の確立、成層化緩和のための装置設置等、どれも原因の根本的解決につながらない対症療法策ばかりである。種苗放流も環境が整っていなければ無駄な事業となる点を考慮していない。
重要な貧酸素水塊への方策の筆頭は「汚濁負荷の削減」としているが、有明海全体では汚濁負荷量は減少傾向であって矛盾している。むしろ、諫早湾調整池からの流入負荷の増大に対する対策、つまり調整池の水質改善策を具体的に指摘するべきである。最善の具体策は、開門による海水導入であり、そのことを明快に述べるべきである。
自然は自然の法則にしか従わないのであり、この12年間、様々な対症療法策が実施されてきたが、漁業被害が一向に改善されないことを、評価委員会は真摯に受け止めてほしい。漁業者に対するヒアリングなど行い、もっと現場の生の声に耳を傾けるべきである。

●有明海再生に関する最近の研究成果
私たち諫早湾開門研究者会議は、最新の研究成果のレポートとして、昨年5月に「諫早湾の水門開放から有明海の再生へ」という一般向けの書籍を出版し、評価委員会の委員にも送付した。以下にその一部を紹介する。
 松川康夫らは、有明海奥部の雨量と貧酸素の関連を解析し、諫早湾が閉め切られた1997年頃より雨量とは別要因で有明海奥部の溶存酸素が低下したこと確認し、諫早湾干拓の影響を指摘した。
 佐々木克之は、調整池からの排水に含まれる汚濁物質の量を計算し、これまで水質を浄化していた諫早湾干潟が消滅し、そこに造成された調整池が有明海への汚濁源となっていることを示した。
 高橋徹は、その調整池で発生しているアオコの毒素が、有明海奥部まで拡散し、諫早湾周辺の魚介類から検出されていることに警鐘を鳴らしている。
 東幹夫・佐藤慎一らは、1997年以降毎年継続している有明海の採泥調査の結果から、漁船漁業の漁獲対象たる魚介類(魚類;イカ・タコ類;エビ・カニ類など)の主要な食物であるベントス(とくにヨコエビ類や多毛類,二枚貝類など)の短期開門調査終了後から現在までの年を追っての減少は、魚介類の生産にとって極めて深刻な事態となっており、漁船漁業の衰退と軌を一にしていることを指摘した。また、短期開門調査の一時において有明海全体でベントスが急増したことを明らかにした。
 堤裕昭は、過去の研究データの洗い出しなどにより、有明海奥部の堆積物分布の変化を確認し、諫早湾の閉め切りの頃から有明海の潮流特性が変化していることを示した。そして、陸域からの栄養塩負荷量に変化がないにもかかわらず1990年代後半から有明海奥部で赤潮が大規模化している原因は、諫早湾の閉め切りにあることを指摘した。
 こうした研究成果は、諫早湾干拓が有明海の漁業環境悪化に大きく関わっていることを示唆するものであるが、残念ながら評価委員会ではこのような観点からの評価はほとんど行われていない。

●開門調査や「基金案」に対する評価委員会の役割
 上に示したように、2016報告案は有明海再生への的確な評価と提言になっていないが、その原因はどこにあるのか。それは、環境省や農水省を主とする事務局が資料原案を作り、委員がこれに注文をつけるという事務方主導の体制にある。諫早湾干拓の影響評価には踏み込まないという不文律があるのもこのためである。
しかし、2010年には開門調査を命じる福岡高裁判決が確定し、国も表向きは開門調査実施の方針を掲げているはずである。従って、開門調査に関わる具体的な方針や調査計画の立案なども、本来はこの評価委員会で行われてしかるべきである。 開門調査をめぐっては、国が確定判決を守らないことで混迷しているが、司法の場で行われている和解協議で「開門に代わる有明海再生策」が、評価委員会でオーソライズされることなく提案されているのも大きな問題である。
 2003年の発足当初から、諫早湾干拓や開門調査に関する主体的な検討を忌避している評価委員会の姿勢を、私たちは一貫して批判してきたが、確定判決以降、開門調査をめぐる状況が大きく変化したのであるからなおさらのこと、評価委員会は開門問題を含めた有明海再生策を第三者的立場で公正に議論する場として、行政から自立して審議を進めるべきである。

●最後に──評価委員会の社会的使命
 評価委員会では2017年1月24日の会合で、パブリックコメントにかける報告案を確定するとしている。この報告はもともと、2006年報告同様、年内12月までに大臣への提出を目指していたものであるが、取りまとめ作業が遅れているという現状がある。評価委員会の事務方は2016年度内に提出すべく、確定作業を急いでいるようだが、この際、提出の時期はさらに延期して、上に述べたような検討を尽くし、諫早湾干拓問題や開門調査にも明確な判断を盛り込んだ報告として取りまとめるべきではないだろうか。
 有明海再生を検討する第三者機関として、開門調査の実施を通した諫早湾干拓問題の解決に道筋をつけることが、評価委員会が国民から期待されている使命であり社会的責任であろう。漁業不振に苦しむ漁業者にとって希望の光となるような報告が公表されることを願うばかりである。

※この意見書のPDFファイルはこちらです。