有明海漁民・市民ネットワーク(HP仮オープン中)

長崎地裁の開門差し止め判決に対する声明


声 明

農漁共存の円満解決のために、国の誠実な対応を求める
〜国は不当な開門差し止め判決を拒否し控訴せよ〜

2017年4月24日
有明海漁民・市民ネットワーク

 本年4月17日、長崎地裁は、諫早湾潮受け堤防排水門の開門差し止めを命じる判決を言い渡した。一部報道では、国は控訴しない方向で検討しているとも伝えられているが、すでに確定している開門判決と相反する判決を国が控訴せずに確定させるとすれば、問題の解決はますます困難になる。根本的かつ円満な解決のためには、関係当事者の真摯な話し合いを通じて、農業者・漁業者など地域住民が共存できる解決策で合意する以外にはありえない。控訴審の中で再度話し合いのテーブル作りを模索するべきである。

1.原告と国(被告)の馴れ合いを許した長崎地裁の不当判決
 判決の結論部分だけを捉えて、「営農者への被害は重大」などとした判決内容が報じられているが、実際に認定された被害は、保全異議決定(2015年11月10日)と同じく、「風速5m以上の強風が4日間程度継続する場合」に生じる一部の農作物についての潮風害などに限られており、原告の主張はほとんど却下されている。判決は、国の事前対策の実効性に「疑問があるものがある」としているが、それは保全異議決定後に福岡高裁で開始された抗告審における新たな主張を考慮しなかったからに過ぎず、これらを踏まえて審理が続いていれば、開門差し止めは却下された可能性が高い。すなわち、国が控訴して争えば、開門差し止め判決を覆すことは十分可能なのである。
 また、「開門しても、諫早湾および有明海の漁場環境改善の効果は高くない」「開門調査による解明の見込みは不明」などの判決文も、開門による漁場改善や開門調査の意義を低く論じた農水省の開門アセスメントを根拠にした帰結でしかない。補助参加人である漁民側が提出した漁業被害に関する証拠を排除した国の姿勢こそが大問題なのである。
 長崎地裁の姿勢も大いに問題である。実際に認定した被害は技術的な問題に過ぎず、福岡高裁での国の反論も聞こえていたにもかかわらず、開門差し止めという結論を急いだことである。振り返れば、一年間続いた「開門しないことを前提とする」和解協議においても一方的な訴訟指揮であった。最後こそ、前提条件なしの協議を打診したが、国による「想定問答」が明るみに出ても不問に付し、開門反対派の拒否に対して、理由も聞かずにあっさり協議を打ち切ってしまった。
 2010年に諫早湾潮受け堤防排水門の水門開放を命じる判決が確定して、国は履行義務を粛々と果たすべきところ、開門確定判決の執行力を無力化させるため、開門反対派と一緒に進めてきたのが開門差し止め訴訟であり、国の下請けと化した長崎地裁を含めた「出来レース」的な裁判でしかない。8年間にわたり様々な論点で真剣に議論を尽くし、不誠実な国の対応を断罪した結果の開門確定判決とは、正当性や重みが全く異なるのである。

2.被害者救済こそが行政の役割
 諫早湾閉め切りから20年。あふれる報道には、農業者と漁業者の対立という視点が目につく。しかし、そもそも諫早湾干拓事業には高潮以外にはほとんど防災効果はない。閉め切り以降の排水機場や排水路の整備などの対策が功を奏しているのであって、干拓事業の推進のために本来的な防災対策を怠ってきた農水省の姿勢を知れば、干拓事業の防災効果を信じ込まされてきた諫早湾内の農業者も国に翻弄された被害者であることに気付くはずである。
 一方、有明海の漁民は、「影響は限定的」という農水省の説明を信じてやむなく干拓事業に同意したが、実際には甚大な被害が続いている。長崎県のタイラギ漁は1993年から連続休漁となり、特に諫早湾周辺の漁船漁業は船を出しても赤字になってしまうあり様である。宝の海と呼ばれた有明海であったが、近い将来には私たちの食卓に有明海の魚貝類を届けてきた漁船漁業がなくなってしまうかもしれない。
 対症療法的な再生策が続けられているが、それだけでは不十分であり、根本的な有明海再生のためには開門調査が不可欠である。それは先月に取りまとめられた有明海・八代海等総合調査評価委員会の報告でも見ることができる。環境省や農水省などの事務方に牛耳られ、開門調査をタブー視する委員会だけに、直接的には干拓事業と漁業被害の因果関係を認めていないが、報告書には、干潟・藻場が魚類等の産卵成育場として大変重要な場所であること、1978年以降の急激な干潟減少の半分は閉め切りによって喪失した諫早湾干潟であること、諫早湾閉め切り後に諫早湾及び島原半島沿岸部で潮流が大きく減少していること、主な貧酸素水塊は夏季に諫早湾と有明海奥部で発生しており、その原因は淡水の大量供給と潮汐混合の弱まりに伴う密度成層の発達であること、などが示されている。短期開門直後に有明海の底生生物が急増したことを示す調査結果も掲載された。短期開門調査時に漁獲が復活の兆しを見せた記憶は、漁業者の希望として焼き付いている。
 長年にわたる深刻な不漁により、漁業者の苦しみは限界を超えている。農水省が設置したノリ不作等第三者委員会の開門調査を求める見解から16年。開門判決が確定してからも7年が経つが、当初から国が着実に開門を進めていれば、今頃は有明海再生の道筋が開けていたはずである。国にとって、開門することは干拓事業を推し進めてきた自己の否定になるという声も聞こえるが、行政の役割は被害者の救済である。開門差し止め判決を確定させ、さらに請求異議訴訟で国が勝利することで開門の義務から逃れることができても、漁業者はまったく救済されない。開門で懸念されている農業被害への対策や説明を尽くし、開門によって有明海の漁業被害の解消を目指していくことが、国の責務であり、社会の要請に応えることなのである。

3.話し合いのテーブル作りのために国は控訴せよ
 和解協議で開門反対派は、「開門を前提とする協議には一切応じない」という対応を取り続けたが、それでは問題解決は一向に進まない。開門反対派を話し合いのテーブルに呼び戻すためにも、国は控訴し、開門の事前対策などについて十分な説明を行うことが重要である。また、開門の意義を反対派や裁判官に理解してもらうために、国は、自らが受け入れた開門確定判決で述べられた干拓事業と漁業被害との因果関係を認め、補助参加人と協調して弁論を進めるべきである。
 控訴せずに差し止め判決を確定させた場合には、対立が固定化し、新たな訴訟が提起される可能性も含めて、問題はいっそう複雑かつ長期化するであろう。そもそも、開門判決を受け入れた国が、相矛盾する開門差し止めの判決を受け入れることなど到底許されない。話し合いによる根本的な解決のために、国は、不当な開門差し止め判決を拒否して直ちに控訴すべきである。私たちは、農漁共存の円満解決を実現するため、国に対して、これまでの不誠実な対応を改めることを強く求める。

以 上