1997年締め切り直後の水門開度・水位・流量・流速

諫早湾の目次
水門の流速

 農水省は,「諫早湾調整池に海水を導入すると,急に雨が降ってきたときに水位を-1.0mに下げることができないので,背後地(湾岸低地)が湛水する.調整池の容量が確保できず,防災効果が損なわれる」と主張しています.農水省の論理が正しいかどうかについては,多岐にわたる検証が必要です.

※湛水(たんすい)=水がたまること

 具体的には

(1)雨への事前の備えは不可能か
(2)水位を-1.0mに保っておかなければ,必ず湛水するのか
(3)水位を-1.0mに保っておかなければ,内部堤防締め切り前でも調整容量は確保できないのか
(4)そもそも,高潮が起こらない(台風時ではない)ときに,調整容量を確保する意味があるのか

などといった事項を検討する必要があります.

 今回は「雨が降る前に水位を-1.0mに下げておかなければ防災効果が損なわれる」という農水省の論理が正しいと仮定したときに不可欠となる雨への備えが可能かどうかを判断する手始めとして,1997年の締め切り直後の水位,水門開度(上げ幅),流速などの実績をみることにします.  

図の見方

 水門操作開始・終了時,これらの間の1時間ごとの記録に基いて作図しました.水位・潮位など高さの基準は東京湾平均海面です.

 局所最大流速は水門内外の水位差から長崎自然史仮想博物館が計算して求めました(摩擦による減速は無視しました).下表の最大速度は農水省の計算によるもので,水門下をくぐった水流が上下に拡散して,平均化した場所での最大流速です.

 図の下端は-4mの線で,水門敷高=水底の高さを表わします.したがって,外潮位(海側)や内水位(調整池側)の線から-4mの線までの距離は水深を表わします

 水門下端の線と-4mの線との間(水色に塗りつぶした部分)が開度(引き上げ幅)=水が通る隙間の上下幅を表わします.水門は8つあり,それぞれの開度が不ぞろいのときもあります.そのような場合には,各水門の横幅(南部排水門25.00m×2門,北部排水門33.35m×6門)を考慮して平均しました.下表の最大開度は,8つある水門の個別の開度の中で最大の開度を表わします.

 流量はおおむね,(水門内外の水位差の平方根)×(平均開度)に比例します.

図から読み取れるもの

 諫早湾が締め切られた1997年4月14日は小潮で,締め切りの時刻11時30分は満潮に近い時刻でした.そのため,締め切り直後の調整池水位は+0.5mを超えていました.その日の午後から排水を開始して水位を下げています.このときは,堤防や水門の状態を確認しながら,日数をかけて少しずつ水位を下げる目的があったので,水門の上げ幅=開度を1.20m以下(水門内外の水位差が大きいときには0.60m)に絞って排水しています.

 小潮時に水門幅を絞って排水したにもかかわらず,8時間で0.6m以上も調整池水位が低下しています.水門直下付近の局所的な流速(水位差の平方根に比例)は5m/sに達していますが,その部分では水流の厚みが開度の6割なので水深の数分の1しかなく,水門から離れるにつれ,流れが上下に拡散して減速し,1.1m/sまで落ちています(下表).

 もぐり流出の説明を参照ください.

※水深の求め方
 水底高は-4.0mなので,たとえば水位0.5mのときの水深は
 0.5-(-4.0)=4.5(m)

 15日以降は-0.2m,-0.5mと数日ずつ段階的に水位を下げ,最後の5月5日−6日の2回の干潮で合わせて0.5m低下させ,最終目標の-1.0mに合わせています.このときも水門開度は0.30mに絞り込んでいます.

 4月14日と5月5日-6日の排水は水門開度を1.20m以下に絞って行なわれましたが,それでも
小潮時の1回の干潮(半日)で+0.5m以上から0.0m以下に低下する.
大潮時の2回の干潮(1日)で-0.5mから-1.0mまで低下する.
最大流速は局所的な流速でも,計画最大流速7m/sに達していない.
ことが事実として確認されました.

年月日開門時刻閉門時刻操作門数最大開度日排水量
(万m3
最大流速(m/s)
1997.04.1414:3722:5181.2020391.12
1997.04.156:187:2281.201220.45
1997.04.1813:3615:2360.30240.27
1997.04.2011:1112:1081.202191.10
1997.04.2513:4417:5281.506821.28
1997.04.2815:5317:0280.601950.69
1997.04.306:557:2733.90492.31
1997.05.0108:3109:4280.901220.58
1997.05.0310:0012:0380.601950.73
1997.05.0511:2716:5080.906090.92
1997.05.0600:3004:3681.206581.03

 今回は水門開度を小さくして,流量を抑制したときにどうなったかをみました.当然のことながら,水門を全開(水門の先端が水面から離れる状態)にする場合の水位低下の度合い,その他については,別の資料で検討する必要があります.

調整池(内部堤防締切前)・堤防の基本数値

高さの基準は東京湾平均海面
海側 計画高潮位+4.90m
大潮満潮位(概略)+2.5m
小潮満潮位(概略)+1.0m
小潮干潮位(概略)-1.0m
大潮干潮位(概略)-2.5m
潮受堤防 堤防高+7.00m
水門天端高+5.00m
水門敷高-4.00m
水門最大開度9.00m
計画最大流速7m/s
調整池側 在来海岸堤防嵩上げ計画高+4.50m
調整池(=干陸地+水域)面積35km2
計画高水位+3.20m
常時(=非洪水時)水位-1.00m
最低底面高(水門近傍を除く)-3.7m
常時(=非洪水時)水域面積20km2
常時(=非洪水時)貯水量2800万m3
水位-1.0mから0.0mまでの貯水量2600万m3


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長崎自然史
仮想博物館 制作・著作 布袋 厚 2001年