虚構の原点

−諫早湾防災対策検討委員会中間報告書前文−

諫早湾の目次

 諌早湾の締め切りから4年になります.有明海のノリ養殖不振をきっかけに,諌早湾干拓をめぐり,事業推進と事業中止の双方の立場の人々が深刻な対立に陥っています.このような状況を生み出した根本的な原因は,長崎県が地域防災と干拓事業を結び付け,他の選択肢を一方的に 奪ったことにあります.

 ここでは,その原点といえる『諫早湾防災対策検討委員会中間報告書』の前文を紹介します.

参照
佐賀県有明海沿岸の防災対策
諫早湾の満潮と無関係な諌早市街地の洪水

 以下,左半分が中間報告書の文章です.右半分は当館でつけた注釈です.

1.はじめに

1−1 委員会設置の経緯

 長崎南部総合開発計画は、昭和52年度以降6ケ年間に亘り事業費予算が計上され、事業の推進が図られてきたが、従来の計画規模では、諫早湾外漁業者の合意を得ることは困難と見込まれ、昭和57年末に打切られた
 ここの記述は,諫早湾干拓が長崎南部総合開発計画を受け継いだ事業であることを示しています.
 しかし、諫早湾地域では、急速な干潟の発達に加え、諫早水害(昭和32年7年25日)や長崎水害(昭和57年7月23日)等再三の災害発生状況からみて、防災の観点を重視した事業を緊急に実施する必要があるため、この地域の総合開発として理想と目された従前の計画に代わって、防災面を重視した諫早湾干拓事業計画が再検討されることとなった。
 この計画では、締切面積は、関係漁業者との合意の可能性を重視して、極力圧縮することとし、具体的な締切堤防(潮受堤防)の位置等については、軟弱地盤上の築堤の可能性、水文水理特性からみた調整池の必要規模及び防災上の効果等を検討し決定されることとなった。
 この計画立案に際し、基本的に解決すべき技術的諸問題を検討するため、農林水産省の依頼により、学識経験者で構成する諫早湾防災対策検討委員会が設置され、これまで数次にわたって会合が持たれ審議検討が進められた。  はじめに干拓ありき,農水省ありきです.
 この報告書はこれまでの委員会の審議経過に基づき中間報告書として取りまとめたものである。

1−2 国土保全の視点からみた諫早湾の現状と予測される災害

 諫早湾々奥部の低平地は過去数百年に亘って造成された干拓地で、大潮時には海水面よりも低い、いわゆる0m地帯である。その前面の海域では広大な干潟が発達し、その干潟は、河川の河口域や低平地の排水樋門前面のミオ筋を埋没させ、河川洪水の円滑な流下の妨げとなると共に低平地の常時排水にも支障をきたしている。また、諫早湾に流入する河川はすべて流路が短く、洪水は短時間に集中して流下する。更に、これらの地形的要素に加え、この地域は梅雨前線が停滞しやすくまた、湿舌が侵入しやすい地帯であると共に、台風の常襲地帯でもある。

 このような条件は佐賀県でも同じです.河川の「流路が短く、洪水は短時間に集中して流下する」ことも佐賀県鹿島市と共通です.
 このような地形上、気象上の自然的特異性の下で、この地域では、昭和2年の高潮災害昭和32年の諫早水害昭和57年の長崎水害等、これまでにも湾奥部を中心に度々、高潮や洪水等の災害を被っている。なかでも昭和32年に発生した諫早水害は死者680名、家屋の全壊2,250戸、田畑の流失1,390haという極めて大さなもので、その記憶も地域住民には生々しいものがある。  農水省や長崎県は,ことあるごとに干拓事業と諌早水害を結び付け,あたかも人命保護のために必要な事業であるかのような印象を与え,反対運動を封じるのに成功しました.
 また、低平地の一部では農業用水を地下水に依存しているため、その取水による地盤沈下をきたしている。  佐賀県白石平野の地盤沈下も深刻です.そのような土地を作ったのは他でもない農水省です.
 一方、国土保全施設である海岸堤防や河川堤防は天端標高が低く、高潮、洪水に対して十分安全なものとはいえない  佐賀県で着々と堤防の嵩上げが進められているとき,長崎県は「干拓というものをやるがために」「放置して」,故意に堤防の嵩上げを妨げ,地域住民を危険にさらしました.
 このようなことから、この諫早湾奥の低平地及び沿岸部においては高潮、洪水、常時排水不良、潮風害、地盤沈下等を防止するための諸対策を緊急に講じる必要がある。  ここで突然,潮風害が出てきました.他は干拓以外の方法で対策が可能なので,干拓という選択肢に限定するための理由付けでしょうか.

1−3 国土保全上必要とされる防災対策

 このような防災的見地から各々の対策を個別に講じようとすれば、(1)高潮対策については海岸堤防の嵩上げ、(2)洪水対策については河川堤防の嵩上げ・補強、通水能力を確保するための河口の継続的なしゅんせつ及び洪水調節用ダムの築造、(3)背後地の常時排水対策については排水ポンプの増設及び排水樋門前面のミオ筋の確保、(4)地盤沈下対策については水源転換のための新たな水源の確保(利水ダム等の築造)など多種多様な対策が必要となる。

 このような対策は,佐賀県では当然のこととして実施されています.
 しかしながら、本地域の場合、河川上流において洪水量を十分に貯留できるような防災ダムを築造することが、地形的、地質的制約から困難とみられている。また、高潮を防ぐために嵩上けを必要とする海岸堤防は延45kmにも及んでいる。更に、高潮と洪水が重なった場合は、河川堤防の嵩上げや河口のしゅんせつを実施しても、河口水位が上昇し、堤防決壊等の危険性は依然として残ることになる。  現在,農水省は「河川防災は建設省所管であり,干拓事業の目的ではない」と言っています.しかし,ここにある記述では,ダムや河川堤防などの話を持ち出しており,明らかに「河川防災のため干拓が必要」との論理付けをしています.そもそも,ダムがあろうとなかろうと,諌早市の本明川ぞいで諌早水害で死者の出た地域に対する防災効果はまったくありません.ダムができないから干拓が必要というのは誤りです.また高潮堤防は佐賀県では延長150kmに及んでいます.
 このようなことから、各々の対策を個別に行うことは、諫早湾地域の緊急かつ効果的な防災対策とはなり得ない  佐賀県では各々の対策を個別に行っています.なぜ,諌早湾では「防災対策とはなり得ない」のか,まったく根拠がありません.
 そこで諫早湾の形状・海底地形及び背後地の状況からみて、防災対策を考えると、湾の一定部分を潮受堤防で締切って外海と遮断し、その内部に洪水調節を図るための調整池を設ける、いわゆる複式干拓方式によることが総合的な防災対策を講じる上で最も有効な手法となる。  農水省は,なぜ,複式干拓が優れているのか,今日に至るまで代替案との具体的な比較検討の結果を示せません.ここにに挙げているような理由は抽象的・観念的議論に過ぎず,理由に値しません.
 すなわち、複式干拓を実施すれば、その潮受堤防によって潮汐を遮断することにより、河口となる調整池の水位を外潮位に関係なく低く保つことが可能であると共に、ミオ筋が確保され、常時においては背後低平地の排水改良はもちろんのこと、洪水時においても、あるいは洪水と高潮が重なった場合でも河川洪水の流下が円滑に行われ、その被害の危険性は大幅に軽減される。また、強固な堤防は、高潮からの被害を防止すると共に、農地を海岸から大きく隔てるため、個別対策では防止することが困難な潮風害の発生も大幅に軽減される。更に、現在旧干拓地においては、農業用水を地下水に頼っているため地盤沈下が生じているが、水源を調整池内の貯留水に転換することによりその問題は解決する等、防災上の多面的な効果が期待される。  「常時」とは「洪水以外の時」を指す専門用語です.「平常時」と同じ意味だと思えば良いでしょう.決して,「いつも,つねに」という意味ではありません.調整池水位を低く保っても,高潮はともかく河川防災には役立ちません.このことは1960年代前半に計算でわかっていました.「流下が円滑に行なわれ,被害の危険性が大幅に軽減される」というのは空想に過ぎません.潮風害は全国の海岸地域で共通する問題です.これをなくすために諌早湾を締め切るというのは思考退廃の極みです.
1−4 検討の内容
 諫早湾防災対策検討委員会では前述の自然的条件及び社会的諸情勢にかんがみ、複式干拓を前提として、締切規模を可能な限り縮小する方向で計画案を模索、検討することとし、当面の検討内容を縮小に当たって基本的な問題となる軟弱地盤上での築堤の可能性、及び、調整池規模についての水文水理的検討の2つに限定して審議を進めた。
 初めに干拓ありきです.この枠内であれこれ考えても選択肢は限られます.「防災対策検討」とは名ばかりで,実態は締切堤防の位置を決める役目しかありませんでした.


このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。

http://www.fsinet.or.jp/~hoteia 制作・著作 布袋 厚 2001年