2017年3月9日
福岡高等裁判所裁判長 大工 強 様
有明海漁民・市民ネットワーク
私たちは、昨年12月8日に、長崎地方裁判所ならびに福岡高等裁判所に対して、諫早湾潮受け堤防の開門も含めた本来の和解協議を求める要請書を提出しました。その後、長崎地裁において和解協議が続けられていますが、開門差し止めを求める原告・弁護団(以下、開門反対派)と国寄りの和解案を推し進める長崎地裁の一方的な進行により、協議が暗礁に乗り上げています。
昨年1月に長崎地裁が示した『開門しないことを前提とする』和解案とこれに基づく国の基金案について、開門を求める漁民原告は長期にわたり誠実に協議してきました。その結果、漁民側は国の基金案では判決で確定した開門の権利を放棄するに足る有明海再生は見込めないとの判断に至りました。佐賀県の漁協は開門を求めて基金案を拒否し、福岡県および熊本県の漁業団体においても「開門の旗は降ろさない」「再び開門の旗を掲げる」という姿勢を堅持しています。各漁業団体は、深刻な漁業被害に対応するため、自主的に使える基金や再生事業を求めていましたが、国は、こうした漁業団体の切実な思いを逆手に取り、『開門しないことを前提とする』和解案に基金を絡ませて「開門調査期間中は再生事業を行わない」などと恫喝を交えた執拗な説得を行ってきました。しかし、各漁業団体はこれにも屈することなく本心は開門調査を求めていることを明確に示しました。
ところが、今年1月27日に長崎地裁が示した新たな和解案は、こうした漁業団体の思いを踏みにじり、国の下請けと化した内容でした。特に、佐賀県漁協の「協議における決定は尊重する」という主張を「完全な拒否ではない」と曲解して基金案による和解協議を続けようとしたことや、開門義務不履行に対する制裁金を開門に代わる基金に組み入れるなどという提案は、司法にあるまじき誠実さと合理性に欠ける提案でした。もはや長崎地裁は争いを解決する調停者の資格を失っています。2月24日の協議で開門を含めた和解協議を行うことについて関係者に一応打診しましたが、開門反対派は直ちにこれを拒否し、国もこれに追随する動きを見せています。次の期日は3月27日に入っていますが、長崎地裁で和解協議を継続することは事実上困難です。
しかし、一昨年1月に最高裁判所が指摘したように、和解による方法しか本当の解決の道はありません。仮に、現在提訴されているすべての訴訟で開門を求める漁民側が敗れたとしても、訴訟合戦はその後も続き、問題はいっそう複雑かつ長期化するばかりです。争いを解決するためには、福岡高裁がリーダーシップを取って和解の道を切り開く以外にありません。福岡高裁は、請求異議訴訟や保全異議抗告審の場であることから、当事者が一堂に会する場でもあります。
福岡高裁での和解協議について、国は2月8日に上申書を提出していますが、検討するに値しない内容と言わざるを得ません。「自らが納得する案が出るまで他の裁判所で和解を続けよという自己本位で不合理な要請」「判決によって正義を実現されるよう」などの文言は、そのまま国に返すべき主張です。和解とは前提条件を付けずあらゆる角度から検討するべきものであり、国の基金案しか受け付けないというのでは和解協議になりません。また、国は「確定判決の根拠になった漁業権は更新により既に消滅している」などと荒唐無稽な主張をしていますが、裁判所がこれ受け入れて確定判決の強制力を失わせるとするなら、それは裁判制度による救済の役割を放棄することを意味し、司法自らが法秩序を犯す自殺行為に他なりません。国は、「開門をするという前提はとっていない」と述べる(2月28日 山本農水大臣)など、開門義務を履行しないことに対する制裁金の意味を理解せず、確定判決は守らないと開き直る有り様です。こうした行政府の暴走を諌めることも司法の役割のはずであり、正義はそれでこそ実現するのです。
開門反対派は、2月24日付の長崎地裁への意見書の中で、「開門を前提とした協議も行うのであれば、和解協議の場についた前提が真っ向から覆される」として、長崎地裁の打診に拒否回答をしていますが、なぜ開門しないことを前提としなければ話し合いに応じられないのか、その理由が不明です。開門を求める漁民側は、一年間にわたって「開門しないことを前提とする」和解案に誠実に向き合ってきたのです。理由も示さず、話し合いに応じない姿勢は大人気ないと言わざるを得ません。漁民側は開門しないことを前提とする基金案では漁民が求める有明海再生が実現しないことを協議の中で明らかにしてきました。今度は開門によって被害が生じないようにするなど農業者救済の方法を検討することが常識的な順序です。
開門派弁護団からは和解協議の対案が示されていますが、国の基金案では農業者は単に現状維持にしかならず、むしろ開門による解決で防災も含めた実質的な農業者救済の事業や基金などを勝ち取る方が、開門反対派にとっても有益だと思うのです。開門差し止めの仮処分を勝ち取っているため、長崎地裁では強気に出ていると思われますが、上級審ではまた振出しから検討するのであり、必ずしも勝訴判決が出るとは限りません。むしろ、国が勝訴に向けて真剣に取り組み、公正な検討が進めば、開門差し止めの主張は退けられるはずです。昨年8月には、開門反対の立場である諫早市が調整池の環境改善について抜本的な対策を国に要請しています。諫早市が主張する浚渫や覆砂では抜本的な改善にはならず、開門以外に方法はありませんが、諫早市でさえも現在の調整池と周辺の環境破壊を問題視しているのです。
開門による解決を和解協議で検討することは、単に漁民原告の救済にとどまらず社会的な要請です。国は、新たな提案についても協議するよう求める国会質問に対して「裁判所の訴訟指揮に従う」と答弁しています。福岡高裁が和解協議のリーダーシップを発揮することが、社会的に求められています。
以上、私たちは、福岡高裁が次回期日から開門を含めた実質的な和解協議を始めることを強く求めます。