有明海漁民・市民ネットワーク

有明海のノリ養殖に被害を与えている赤潮と諫早湾干拓の関連性を解説する
一般向けの文書を熊本県立大学の堤裕昭氏が発表

 今季、有明海のノリ養殖は赤潮によって大きな被害を受けています。一般的には少雨などの影響といわれていますが、困惑する漁業者に赤潮頻発のより根本的な原因について理解してもらうために、有明海漁民・市民ネットワークでは熊本県立大学学長の堤裕昭氏に、一般向けの分かりやすい文書の作成を緊急に依頼しました。このたび、その文書『有明海では,起きるはずのない「赤潮頻発」がなぜ起きてしまうのか? その理由を考える』を公表しましたのでお知らせします。

 堤氏は約20年にわたる調査研究で、1990年代後半からの有明海奥部の赤潮頻発は、諫早湾干拓の潮受け堤防の閉め切りによる潮流の変化に起因することを明らかにし、2021年にはその研究の集大成ともいえる論文を日本ベントス学会の学会誌に発表しています。今回はその論文の内容を一般向けに書き下していただいたものです。

 堤氏は今回の文書の中で、このままでは有明海の漁業は衰退の一途をたどることになると警鐘を鳴らし、「諫早湾の潮流速を元に戻せば、両方の海域で赤潮が起きにくくなると考えています」と述べています。諫早湾や有明海の潮流を元に戻すための最善は潮受け堤防の撤去ですが、少なくとも南北の排水門を開放することはできるはずです。限定的な開門では潮流を完全に元に戻すことは難しいとしても、開門調査によって新たな知見が得られることは間違いありません。これまで様々な再生策が実施されながら、根本的な再生の光は一向に見えていません。それどころか、今期はノリの大不作が再来するなど全国的な問題に発展しています。唯一やっていないのが諫早湾の開門です。私たちは、有明海の再生のために開門調査の実施を引き続き求めていきます。

▼堤裕昭氏の文書は以下のURLでPDFファイルを公開しています。

『有明海では,起きるはずのない「赤潮頻発」がなぜ起きてしまうのか? その理由を考える』
https://bit.ly/3YqMas6

〈堤氏による要旨〉
 有明海には大量の栄養塩類が流入し,それを利用して水中では植物プランクトンが,干潟の表面では藻類が繁茂し,それらを餌として利用する多様な生物達が豊富に育つ環境が作られ,「豊饒の海」と称されてきました.ところが,1990年代後半より赤潮が頻発するようになり,2000年秋〜2001年春には,有明海全域で大型珪藻類(リゾソレニア)をはじめとする珪藻類による大規模な赤潮が発生し,日本一の生産量と品質を誇るノリのほとんどが色落ちして,その年のノリ養殖漁業に壊滅的な打撃を与えました.これを機に,2001年4月より熊本県立大学環境共生学部の私が担当する海洋生態学研究室では,他の大学の海洋生態学や海洋化学の研究者達と研究チームを結成し,今,有明海の環境や生態系でどのような異変が起きていて,その原因が何かを解明する研究を開始しました.

 それから20年余りの間,有明海に面する熊本市の港から漁船をチャーターして,佐賀県の沖合いまでの海域の水質調査や,有明海奥部海域の海底の環境と生態系の調査を続けました.その調査結果は,諫早湾干拓事業による潮受け堤防の締切りが諫早湾内の潮流速を大幅に遅くしただけではなく,有明海奥部の潮流の速度や向きにも影響を与え,元来備わっていた反時計回りの潮の流れを衰退させて,それが引き金となって赤潮の頻発する海へと変化させてしまったことを示していました.赤潮の頻発はそれだけでは終わりません.大増殖した植物プランクトンはやがて枯死して海底に堆積し,夏になると酸素を消費しながら分解され,海底付近では酸素濃度が低下して貧酸素水となり,海底に棲息する生物達(エビ,カニ,貝類,ゴカイ類,底魚類など)が生息できなくなります.有明海の漁業は,ノリ養殖漁業を除けば,多くは海底に棲息する生物を捕ることに依存してきました.すでに深刻な状況が発生していますが,このままでは有明海(特に奥部海域)の沿岸漁業は崩壊し,沿岸の地域社会が衰退する方向へ階段を歩み続けることになります.

 国の事業が係わる環境問題に対して,そこに原因があるとまで主張することには二の足を踏む大学の研究者は少なくありません.しかしながら,佐賀県の有明海側で生まれ,豊饒の海の幸を食べながら育ち,しかも海洋生態学者となり,海のしくみを理屈で説明することができるようになった私の立場からは,この有明海の環境・生態系に迫る危機的な状況を見過ごすわけにはいきません.以下に10ページを超える文章となりますが,可能なかぎり一般の方々にわかりやすい表現を用いて作文しました.是非,多くの方にご一読いただいて,今何が有明海で起きているのかということについての理屈を理解し,これから我々は有明海の沿岸地域社会に「幸福な未来」を作り上げていくために,何をなすべきなのか?について,一緒に考える機会にしていただくことを切に願います.

諫早湾の潮受け堤防の締め切り後に有明海奥部および諫早湾において赤潮が頻繁に発生するしくみについての概念図(本文13ページ)
諫早湾の潮受け堤防の締め切り後に有明海奥部および諫早湾において赤潮が頻繁に発生するしくみについての概念図(本文13ページ)