諫早湾干拓事業の推進運動の有力な担い手である諫早湾岸低平地の農家は,「水門開放(海水導入のこと)すると防災機能が損なわれ背後地(湾岸低平地のこと)が崩壊する」と意味不明の理由をあげて,「水門開放絶対反対」を主張しています.また,同時に「干拓工事再開,早期完成」を主張しています.
低平地農家が両者を同時に主張する以上,彼らは「干拓推進」自体が目的で,「防災」は方便に過ぎないと受け取られても仕方がありません.なぜなら,干拓事業が完成すれば,調整池の面積減少により,降水時の調整池水位上昇幅が増大し,現状よりも低平地の排水不良→湛水(水がたまること)が増大するからです.「干拓事業完成」は防災上,まったく有害無益です.
海水導入による降水時の排水不良は,降水に備えて調整池水位を下げるなどの方法で回避が可能なのに対し,干拓事業による調整池水位上昇幅増大(→排水不良)は逃れるすべがなく,降水のたびに必ず起こります.低平地農家が,海水導入による水位上昇は「崩壊」などと言って絶対反対しながら,「早期完成」による調整池水位上昇を容認する(結果的に望んでいる)のは彼らが本音では「排水不良など大した問題ではない」と思っていることを示唆します.
以下,調整池の水位上昇がどのくらい増大するか,具体的な数量で見ていくことにします.
(注)水位の基準はすべて東京湾平均海面です.
下の表は,農水省が1996年の測量結果に基き,調整池の容積計算の過程で算出した水位−水域面積の対応表です.表の意味は,たとえば,水位-1.00mのときの水面の面積が現況では1988haであり,干拓事業完成後は(現況で水面下の部分が内部堤防で締め切られ,農地になるため)1343haに減少することをあらわします.
水位が上昇すれば,調整池内の干陸地が低いところから水没し,水面が広がります.つまり,水域面積が拡大するわけです.水位が2.0m程度に達すると調整池内の干陸地全体が水没するので,それ以上水位が上昇しても,水域面積は拡大しません.
農水省の水位−面積対応表は,現況・干拓事業完成後とも,水位1.00m間隔なので,途中をなめらかにつないだ換算式(詳細は末尾参照)を独自に求めました.これをグラフにしたのが下の図です.
表や図から明らかなように,干拓事業が完成すると現況の水域面積は,水位-1.00mで3分の2に,水位2.00mで半分に減少します(つまり,水位が上昇するほど,減少の度合いが大きくなる).
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水位−水域面積の換算式をもとに水位0.01m(つまり1cm)ごとの水域面積を計算します.それをもとに水位0.01mごとの調整池の容量を計算します(計算方法の詳細は末尾を参照).これらの計算結果の中から水位0.20mごとに対応する数値を下の表に示しています.下にあるふたつのグラフは互いに横軸と縦軸を入れ替えています.
容量の数値の見方は,たとえば
現況で,水位が-1.00mから-0.60mに上昇するとき,調整池に付け加わる水量が849万m3
であることを表わします.
表で明らかなように現況と完成後を比較すると
水位が-1.00mから-0.60mに上昇する間に調整池に貯水できる量は849万m3から557万m3へと3分の2に減少し,
水位が-1.00mから1.00mに上昇する間に調整池に貯水できる量は5208万m3から3181万m3へと6割に減少しています.
-0.60mは,調整池水位が最低地盤の高さに達し,排水不良を生じる目安です.現況では経験的に調整池流域平均降水量100mmあたり,水位が50cm程度上昇することがわかっている(具体的資料を参照)ので,排水不良が始まる降水量が,現況の80mmから干拓事業完成後は55mmになります.このように,干拓事業完成後は,現況の3分の2の降水量で,これまでと同じ幅の水位上昇が起こるわけです.こうした現象を表わすのが図Aです.
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図A
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見方を変えると,現況で水位が0.00mまで上昇する(1997年から1999年にかけて数回あった)水量は2314万m3で,これに対応する干拓事業完成後の水位は+0.51mとなります.このように干拓事業が完成すると水位上昇幅は現況の5割増となります.これを表わすのが図Bです.
以下は計算過程を詳しく知りたい方のための資料です.
現況,完成後のそれぞれについて,6個の点を滑らかに結び,なるべく簡単な式になるように試行を繰り返し,1次式から3次式をつなぎ合わせました.測量が行なわれた1996年以降,締め切り直前の急激な泥の移動や締め切り後に露出した干潟面の浸食(場所によっては20cmも低下)などにより,地形変化を起こしているので,当時の測量結果と現状の差が大きくなっています.したがって,数値自体の誤差が大きくなり,「なぜ3次式をあてはめたのか」などという議論には現実的な意味がなくなっています.あくまでも,実用的に使えればよいわけです.
現況面積の近似式
A = -10.667H3 - 63.5H2 + 584.17H + 2625 (Hが2.01m以下のとき)
A=3456 (Hが2.01m以上のとき)
完成後面積の近似式
A = 253H + 1596 (Hが0.00m以下のとき)
A=-77.4H3+26.4H2+253H+1596 (Hが0.00mと1.00mの間のとき)
A = 8.1061H3 - 68.136H2 + 193.67H + 1664.4 (Hが1.00m以上のとき)
いずれも Aは面積,Hは水位
すでにお気付きの方もいらっしゃると思いますが,これは積分計算そのものであり,数学に強い方でしたら,水位−面積換算式をH(水位)で積分した式に任意のH(水位)を代入する計算でも同じ結果が出ます.たとえば現況で水位2.01m以下の場合,水位−1.00mを基準とした容積V(万m3)の式
V = -2.6675H4 - 21.167H3 +292.085H2 + 2625H + 2314.4 (Hが2.01m以下のとき)
を表計算などに組み込むほうが手間が省けるでしょう.
このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。
長崎自然史仮想博物館 制作・著作 布袋 厚 2001年