諫早湾の目次
諫早湾潮受堤防工事に伴う濁度の低下
諫早湾水質データの謎解き
撮影 1997年5月20日
左の写真は潮受け堤防管理センターから潮受堤防を見たところです.左が有明海,右が調整池です.水の色の違いに注目してください.ここで一般的には「調整池の汚れと海の青さが対照的」という論調が出てきます.しかし,本仮説では,この論調こそ問題の本質を誤る大きな落とし穴だと考えています.
撮影 1997年2月11日
左の写真は諫早湾締切を1か月後に控えた(当初,締切は3月に予定されていました)時期の本明川河口沖です.引き潮で干潟(黄色↑の先端)が露出し始め,強い潮流のため,海底の泥が巻き上げられ,海水は味噌汁のように濁っています.
こうした泥の巻き上げは数千年にわたって毎日続いていた現象です.潮流や波によって巻き上げられた泥は諫早湾全体に拡散していたので,諫早湾は常に濁ったままで,そのような環境の中で,特有の生態系や漁業が成り立っていたのです.
上の2枚の写真はいずれも有明海最北端佐賀県六角川河口の住ノ江漁港(右岸福富町側)です.同じところを違う方向から撮影しています.引き潮で強い流れが生じています.左の写真を見ると,泥水が濃くて水面下がまったく見えません.右の写真では水が渦巻いているのがわかります.
六角川にしても,諫早湾干拓事業以前の本明川にしても,「泥の巻き上げが原因で漁場が荒れた」などという話は聞いたことがありません.有明海(島原湾北部を含む)では泥で濁っていてこそ正常な状態であって,清んでいるほうが異常なのです.
参照 有明海の地理
諫早湾の水質について国は「締め切った前後で,周辺海域の水質において,化学的酸素要求量等に明確な差異が認められない」(中村敦夫参議院議員質問主意書への答弁書・2000年8月8日)と言っていますが,実は締め切り前から潮受け堤防の造成とともに濁度(濁り)が減少しています.農水省は「濁り=汚れ=悪」つまり,「濁度の低下」=「水質改善」という考えに立って,「水質は変化していない」と言っているのでしょう. 濁りの減少は,潮受け堤防により潮の流れが弱まり,泥が海底に沈んだこと,さらに締め切りで本明川方面からの供給が絶たれた(本来は潮流により広範囲に拡散していた)ことが原因と考えられます.
重要水質(濁度)変化グラフを参照
「水質汚染の象徴」にされている調整池の濁りは,川から流れこんだ泥や水際で波の作用により巻き上げられた泥が,調整池に閉じ込められているために生じています(もちろん泥以外の汚れもあるでしょう).水が清まないのは,調整池の中が淡水化し,泥の粒子がコロイドの状態で浮遊しているためです.もし塩分があれば,泥の粒子は凝集して,綿のようにふわふわした塊になるので,潮流がなければ沈んでしまいます.
現在,潮受け堤防外では諫早湾外の有明海から潮流に乗ってもたらされた泥が,諫早湾にさしかかって,潮流の減速により,沈んでいることが考えられます.また,調整池から排水された淡水泥水が海水と混合し,凝集して沈んでいることも当然考えられます.水が清んでいることは諫早湾のよどみを現しています.そのような状態では当然,海面と海底の物質交換が低下し,海底の無酸素状態を助長していると考えられます.泥は干潟や波打ち際で空気に触れ,酸素が供給されて健全化し,水の流れで動き回り,窒素やリンなどを吸着して魚介類の栄養源として利用可能な状態にします.潮受堤防によって沖合いと干潟の往来が絶たれ,泥が沈んでしまうと,栄養塩は汚濁物質として作用するようになり,赤潮の原因物質となります.泥は海底に固定され,酸素不足でヘドロ化していると考えられます.
参照 諫早湾水質データの謎解き
農水省は水底(水質がもっとも悪化しやすく,かつ底生生物への影響がもっとも大きい)の水質モニタリング調査をやっていません.水質データで問題がありそうなところを最初から除外しておいて,「データに変化はない」と宣伝するのは,一種のデータ操作,あるいはデータ隠蔽に近いといえるでしょう.
「水門を開けると泥が巻き上げられ,漁場が荒れる」という論理が広く流布され,いかにも泥の巻上げが恐ろしいことのように宣伝されています.有明海を知らない人にはもっともらしく聞こえます.しかし,ほんとうは泥の巻上げこそ有明海の生命の源であり,干拓推進論者の論理は根本から誤っています.
締切によって潮受堤防内外の泥は無酸素状態(ヘドロ)になっていると考えられるので,最初は大量に巻き上げないように,海水出し入れはゆるい流速から開始して,注意深く「治療」していく必要があります.とくに初期の段階は状態が一歩一歩改善するのにある程度の時間がかかるかもしれません.
海水導入にあたっては水や海底の状態を監視し,変化を追跡する必要があります.こういった事柄が 水門を開放して行なう調査のひとつです.
本仮説はこれから実際のデータによって検証されるでしょう.仮説を支持するデータが出れば,干拓事業が有明海の異変をもたらすメカニズムのひとつが判明したということになります.
仮説を立てるのは科学の基本的な方法です.干拓事業に原因があるかもしれないという疑いが提起されていれば,それを検証するための目的意識(証明するための目的ではない)をもって,実験や調査を行なうことになります.干拓推進論者は「予断を持たずに科学的調査をやれ」と口癖のように言いますが,彼らの言い分は「仮説を持つな」というようなものです.そんなことを言いながら,一方では検証を待たずに「工事継続・事業推進・早期完成」と叫びつづけています.また,まともな根拠も示さず「周辺住民の生命・財産が損なわれる」と脅しをかけています.このような干拓推進論こそ非科学的で予断に満ちた主張そのものではないでしょうか.
このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。
長崎自然史仮想博物館 制作・著作 布袋 厚 2001年