雨量データはそれほど精密でなく,1割程度の誤差は珍しくありません.誤差の原因としては,風が強いと一度雨量計に入りかけた雨粒が風によって吸い出され,外に出てしまい,雨量が目減りします.実験によれば,受水口の高さが1mの場合,風速4m/sで1割,6m/sで2割,12m/sで5割も少なくなるということです(大田正次・篠原武次 編著 『実地応用のための気象観測技術』を参考にしました).また台風のときは周辺の建物や樹木などが障害物になります.
このように,「雨量計に入る水の量が必ずしも正しくない」ことを忘れてはなりません.さらに転倒ます型自記雨量計の場合は転倒ますの動きにムラがあると,「雨量計に入った水の量」が正しく計測されません.
転倒ますが正確に0.5mmあるいは1mmごとに動かなくても,動きが規則的なら補正ができます.たとえば0.5mmごとに動くはずの転倒ますが0.55mmごとに動く(動きは測定可能)ときは観測された雨量に 0.5/0.55=0.91 を掛けてやれば良いわけです.
自記雨量計の記録紙の縦線が直線でないため,時刻をいつも正確に合わせておくのはかなり難しく,公機関の記録でも1時間程度のずれは珍しくありません.記録紙上の時刻と実際の時刻がずれているときは,その分を補正して記録紙から読み取れば正しいデータが得られます.記録紙上に遅れ進みが記入されていない場合,入手したデータの時刻の遅れ進みは周辺のデータと比較して見当をつけるしかありません.
最近はコンピューター自動入力による観測で,データを「数字」として記録することが多くなっており,時計の遅れ進みの問題はずいぶん解消されています.
グラフは長崎自然史仮想博物館で観測された,諫早集中豪雨当日(1999年7月23日)の雨量記録紙です.だいだい色の横線が1mm間隔,(弧を描いている)縦線が1時間間隔です. 紫色の線が雨量 を表わします.0.5mm降るごとに半目盛ずつ上がっていき,上端に達すると下端に戻ります.下端から上端まで50mmです.したがって,この日の雨量は約170mmとなります.
左の端に「+5分」と書かれているのは「記録紙が5分遅れているので,読み取るときに5分加算する(進める)」という意味です.また,下のほうで2本の←に挟まれた部分で紫線が右にずれていますが,これは記録紙の時刻を一度合わせて,うまく合わなかったのでもう一度合わせなおしたものです.ご覧のとおり,時刻がわずかにずれただけでも,毎時の雨量が違ってくることが分かります.
雨量計の記録紙そのものでなく,人手を介して整理したデータにはしばしば読み取りミス・転記ミスがあります.これは読み取りがとても煩雑で神経をすり減らすような作業だからです.役所の職員にこうした作業をやってもらったうえに,データに疑問が生じて問い合わせると結局二度手間になりますし,時刻の補正も考えると,記録紙のコピーを入手して,自分で読むのが最善です(自分で読むときに間違っては話にならないので,細心の注意を払うようにしましょう).
雨の降り方にはムラがあり,とくに集中豪雨のときは数km離れただけで,「夕立は馬の背を分ける」というように雨量が何倍も違うことがあります.雨量と災害の関係を論じるときは雨の局地性を考慮する必要があります.
上の2つの図はどちらも1999年7月23日の日雨量(0-24時)分布図です.
左図は気象庁データだけで作成されています(建設省長崎工事事務所『速報1999.7.23長崎県諫早集中豪雨災害』より転載).右図は気象庁以外のデータを含めて作成(地点数は数倍になる)されています(布袋厚制作).二つを比較するとずいぶん違って見えます(諫早市の東側,陸地の幅が狭いところあたりでは左図によれば250mmほどの大雨に見えますが,この地域3地点で実際に観測された雨量はいずれも30mm程度でした).できる限りたくさんの地点のデータを集めることが,いかに重要か分かります.
左図の300mmの線で囲まれた範囲は,浸水に悩まされる低平地の流域です.左図ではそこに豪雨の中心がありますが,右図では豪雨の周辺部にあたっており,同じ場所の雨量が平均で150mm,東部では100mm未満です.また400mmの線と100mmの線との間隔は狭いところでは7kmほどしかありません.
「諫早湾調整池の防災効果」の評価にあたっては,こうした点に注意しないと判断を誤る危険性があります.
雨量をみるときには,何時から何時までの観測値であるかを確認する必要があります.諫早付近では100mmの雨が,24時間雨量(少しずつだらだらと降り続く雨)ならそれほどの大雨ではありませんが,1時間雨量なら大災害に結びつきます.
また,雨量分布図の作成などのように複数の地点のデータをまとめるときには,時間帯をそろえる必要があります.たとえば,日雨量といっても0時区切りと9時区切りがあり,集計をするときに混同するとおかしな結果になります.
このような話とは別に,あまり認識されていない問題があります.
時間帯 | A地点 | B地点 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
7:00−7:30 | 40 | 80 | 10 | 60 | ||
7:30−8:00 | 40 | 70 | 50 | 100 | ||
8:00−8:30 | 30 | 50 | 50 | 70 | ||
8:30−9:00 | 20 | 20 |
表は架空の雨量データです.ふつう報道される1時間雨量は毎時00分を起点にしていますから,表のデータでいえば,
A地点では 7−8時 80mm, 8−9時 50mm
B地点では 7−8時 60mm, 8−9時 70mm
となり,最大はA地点 7−8時の 80mm となります.ところが 7:30−8:30 の1時間にも注目すると B地点の 100mm が最大となります.このように二つの時間帯に豪雨のピークがまたがっているときには,見逃される恐れがあります.この点に注意しないと,雨の激しさの程度や最強地点などを誤り,災害との関連で正確な考察ができなくなります.
このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。
http://www.fsinet.or.jp/~hoteia 制作・著作 布袋 厚 2000年