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最終段に実用計算法があります.
諫早湾潮受け堤防の水門をめぐって,水門を開放すると速い潮流が生じて,水門や堤防が壊れるとか,泥が巻き上げられ漁場が荒れるとかいう理由で,開放に反対する論理があります.これは一見もっともらしいのですが,そこには2つの落とし穴があります.
ひとつは「水門開放=水門をいつも全開にしておく」という暗黙の前提です.たしかに,いつも全開だと速い流れが生じるかもしれませんが,水門を小さめに開けるとか,時間帯によっては閉鎖するというやり方もあります.事実諫早湾でも「排水」のときに開き具合や時間帯を調節して,危険を防いでいます.海水を入れるときも同じ要領でやれば何でもない話です(調整池内の干満を数日周期とする).農水省や長崎県はこうした事柄を百も承知の上で「水門開放は不可能」という結論を導くためにわざと「いつも全開」という余計な前提を設けていると受け取られても仕方ありません.
もうひとつは諫早湾の幅7kmに対して水門の幅が250mしかなく,潮流が異常に速くなるというものです.これに類する説として,いまの水門の間口は締切直前の開口部の5分の1しかないので,流速が当時の5倍になって大変なことになるという話もあります.これは潮流の速度が間口に反比例するという固定観念によって生じています.しかし,水門の流速は調整池水位・海の潮位および水門開度(上げ幅)の3つによって決まり,間口には関係ありません.
エネルギーには大きく分けて運動エネルギーと位置エネルギーがあり,これらは互いに変換が可能です.高いところから石を落とすと石の落下速度が大きくなりますし,石を大きな速度で放り上げると高く上がります.「高い」というのは標高何メートルという絶対的なものではなくて,石が移動する高低差を意味します.このとき,石が上にある(位置エネルギーが大きい)ほど速度がゆっくりしている(運動エネルギーが小さい)のはみなさんご存知のはずです.つまり,石が上昇すると運動エネルギーが位置エネルギーに変換され,下降すると位置エネルギーが運動エネルギーに変換されるわけです.
エネルギーの公式 面倒な方は読みとばしてくださっても結構です.読みとばして先に進む運動エネルギーの公式は,エネルギーをE(J,ジュール),質量をm(kg,キログラム),速度をv(m/s,メートル毎秒)とすると
位置エネルギーの公式は,重力加速度を (9.8m/s2,メートル毎秒毎秒),高低差をh(m,メートル)とすると
位置エネルギーが運動エネルギーに変換されるわけですから,静止した物体がh(m)落下したときの速度v(m/s)は |
つまり,速度は高低差の平方根に比例することになります.水の場合も基本は同じで,水位差 h の滝を落下するときの速度は,この式で求めることができます.たとえば,落差2.5mの滝ならば,
=2×9.8×2.5=49 なので
=7(m/s)
となります.水門の場合は,水位差のほか,水路壁・水路床との摩擦や,狭い隙間を通過するときの抵抗により減速されます.
潜り(もぐり)流出水門下端が水中に没し,水門から出た噴流(ジェット)が下流側の水の中に突っ込むものをいいます.射流・跳水が水面下に没し(水中射流・潜り跳水),水面では下流側から水門に向かって多少とも渦巻いた流れが生じます.潜り流出の写真(佐賀県 八田江防潮水門) | |
水位差と流速の関係式 に水位差 h=H1-H2
(図参照)を代入して となりますが,水門の抵抗を受けて減速するので流速係数Cv(オーム社刊『絵とき水理学』には小オリフィス=小穴の流速係数として0.96-0.99の値が出ていますが,水深や開度,水門形状によって変化します)をかけた -----(1)が実際の流速となります.
ところで,水門下をくぐった水流は水門より下流で引き締まって細くなり,その位置で上記の式で求めた流速が生じます.水門下の断面積にたいする,引き締まったあとの断面積の割合を収縮係数Ccといいます(水理学の教科書にはCc=0.6程度と書いてある).ですから,水門の幅(間口)をB(m),開度(隙間の上下幅)をH(m)とすると,ひきしまった部分の断面積A(m2)は
ですから,流量 Q(m3/s)は流速 v と断面積 A の積なので(1)と(2)をかけ合わせて
水門から離れると噴流は潜り跳水によって上方に拡散し,減速します.その流速 vは流量Qを下流側断面積(水門幅×下流側水深)で割って 計算式が複雑なので,図(グラフ)を使った実用的な計算法が考案されています. | |
自由流出下流側水面が水門先端から始まり,そこから出る噴流(ジェット)が露出しているものをいいます.水門から出た水は射流となります.諫早湾の排水門の場合,調整池,海のいずれも常流なので,水門から少し離れたところで水が上下に渦巻いてエネルギーを消耗した後,水位が増し流速が低下します.この現象を跳水と呼び,射流が常流に移り変わるときに発生します.参考 常流と射流 | |
水門から出た水は少し離れて水深が最低となり,この水深は開度Hと収縮係数Ccの積 CcH になります.上流側の水深はH1なので,水位差 h =H1-CcH を水位差と流速の関係式 に代入して,潜り流出と同様に計算すると流量Qは となります. これは流量が上流側水深と開度に支配され,下流側水深に関係ないことを意味します.上流側水深が大きいほど,流量が大きくなることがわかります.開度と流量の関係は,式だけではよくわかりません.しかし,グラフ(右図)を作ってみると開度を小さくすれば(水門をしぼれば),流量が減少することがわかります. 水門から離れると跳水を生じ,水位を増して減速し常流に移行します.その流速は v=Q/(B・H2) となります.したがって水門開度を小さくすれば,跳水後の流速は低下します. 計算式が複雑なので,図(グラフ)を使った実用的な計算法が考案されています. | |
全開流出水門先端が水から離れた状態をいいます.このとき水は,水位の高い上流側から,水位の低い下流側に向かって,くびれた水路を流れ下る形になります.水門前後で水路幅が変化する上に,水深が下流に向かって減少するので,不等流となります.参考 等流と不等流 | |
左図のように上流側の水位をH1,下流側の水位をH2,水門の全体幅をB,調整池と海の間の水路の長さをL,水路入り口の水深をH,流速をv,水路出口の水深をH2,流速をv2とします.流量は水路の入り口と出口で等しく,これをQとします.
水路に入るまでの摩擦を無視すると上流側の静止した水の位置エネルギーは,水路入り口の位置エネルギーと運動エネルギーの和に等しく,さらに出口の位置エネルギーと運動エネルギーと水路を通過するときの損失エネルギーの総和に等しいので, 径深と粗度係数についてはマニングの式を参照
また,入り口と出口で流量が等しく,入り口と出口のそれぞれで流速と断面積(水路幅×水深)の積となるので, 式をみると,たいへん難しそうですが,Excelのような表計算ソフトを利用すれば,かなり楽に計算できます(数式を書きこむと,あとは自動計算する機能があります.こういうときは何よりも落ち着くことが肝心です).
v2の値は上流側から水路入り口までの摩擦を無視して求めた値ですし,出口を出たあとの水面は周囲の平坦な水面よりも盛りあがり,その分,水路区間の勾配がゆるくなるので,実際の流速はもう少し小さくなります. ここで,詳しい説明は省略しますが,上流側水深H1を一定のまま,下流側水深H2を(H1と同じ値から出発して)だんだん小さくしていくと,あるところで下流側水深H2が水路区間の限界水深(限界流が生じる水深)に等しく,となり,出口付近に限界流が生じます(このときの流量をQcとする).それより下流側水深が小さくなると出口の下流に射流が生じますが流量はQcのままです.このとき,下流側で局所的にH2より浅い部分が生じ,流速はQc/B・H2よりも大きくなります.さらに,その下流側に跳水が生じ,減速します. 参考 限界流の説明 |
上に紹介した潜り流出と自由流出の流量計算は,数式が複雑ですし,流速係数が厳密には一定でないなど,いろいろと不便です.また,上の計算式では上流側の水が水門に近づくときの流速を無視していますので,精度が落ちる場合もあり得ます.そこで,これらの問題を考慮して,簡単に流量を求める実用計算法が考案されています.
左の図で,H1(m)は上流側水深,H2(m)は下流側水深,H(m)は水門開度です.ここに出てくる記号は,潜り流出・自由流出のそれぞれの説明に出ている図の記号と同じです.これらの数値をもとにH1/HとH2/Hを計算し(普通の割り算です),その組み合わせをもとに図(オーム社刊『絵とき水理学』掲載の図を参考に作成)を使って流量係数 Cq を求めます.
流量は (m3/s)となります.
それでは実際の数値を使って,流量と流速を計算してみましょう.
H1/H=8.0 の線(図の青色縦線)が 潜り流出 H2/H=4.0 の線(4という数字がついた緑色曲線)と Cq=0.51 の線(青色横線)上で交差するので,潜り流出と判定され,流量係数は0.51となります.
流量は Q=0.51×250×0.5×=564.5(m3/s)
最終的な流速は v=Q/(BH2)=564.5/(250×2.0)=1.1 (m/s) 以下になります.
H1/H=3.0 の線(図の赤色縦線)は H2/H=1.1 に達しないうちに, Cq=0.53 の線(赤色横線)上で自由流出の曲線(茶色横線)と交差するので,自由流出と判定され,流量係数は0.53となります.
流量は Q=0.53×250×1.0×
=1016.0(m3/s)
自由流出にともなう噴流の最大流速は
vmax=Q/(CcBH)=1016/(0.60×250×1.0)=6.8 (m/s)
となります.これは水門直下の1.0m(開度にほぼ等しい)下流,つまり,水路床が頑丈に固められ,泥の浸食・巻き上げ,堤防の損壊などを考える必要のないところで生じます.その後,跳水によるエネルギー損失や水深増加により,
最終的な流速は v=Q/(BH2)=1016/(250×1.1)=3.7 (m/s) 以下になります.
なお,潮位は大潮でも -2.9mまで下がることはめったにないので,このような想定条件もまれにしか生じません.