農水省などがいう最大流速は水門扉直下の噴流(ジェット)の流速です.しかし,この流速が発生する場所は底が頑丈に固められており,浸食の危険や泥の巻き上げなどを考える必要はありません.
実際に流速が問題となるのは,水が水門から離れて,護床工のない場所に到達したときの場合です.ここでは,そのような場所で予想される流速として,流れの水位が下流側水位と同じになったときの流速(便宜的に終端流速と呼ぶことにします)を計算した結果を紹介します.
ここに示す流速は,水が水門付近の狭い流路から広い海または調整池に抜ける出口での流速であり,その後は水が扇形に広がるのに伴い,さらに減速します.
全開流出の流量・流速は,北部排水門について計算した結果です.ここでは,北部排水門全体を幅218m,長さ80mの水路と考え,これが調整池と海をつないでいるものとして,不等流計算を行ないました.
粗度係数は0.035と仮定しました(護床工の状況から実際はもう少し大きいと考えられる).また,長さ80mの水路区間以外での摩擦エネルギー損失や流入損失を無視し,6門の水門を吊るす支柱(幅3.6m×5)も無視しました.これらを考慮すると実際の流速はもう少し遅くなると考えられます.
南部排水門については,北部排水門より径深が小さいので,その分エネルギー損失が大きく,同じ水位条件でも,北部排水門より流速が遅くなると考えられます.
径深と粗度係数についてはマニングの式を参照
図の赤線を境に右下側では出口外側に射流が生じて,水位が下流側水位よりも低下し,流速が終端流速よりも大きくなる可能性があります.そうでなくても流速が4-6m/sを超え,問題が生じやすいので,このような条件のときは全開すべきではありません.今後の検討にもよりますが,全開は水門内外の水位差が0.5m以下のときに限るべきでしょう.(ここから2001/03/02補足) ただし,「水門内外の水位差」と「調整池と海の水位差」とは意味が違います.前者は後者よりも小さくなります.
上に述べたように今回計算は,水路区間以外,つまり調整池底や海底の摩擦を無視しています.現実にはこの部分の距離が水路区間に比べ,けた違いに長いので,摩擦による減速が効き,調整池と海の水位差が大きくても全開可能になります.現実の水位は水門をはさんで急激に変化するのではなく,水門に近づくとき徐々に低下し,水門から遠ざかるときも徐々に低下するので,その分,水門前後の水位差が小さくなり流速が小さくなるわけです.
これを考慮して厳密に計算するには2次元(または3次元)不定流解析による数値シミュレーションが必要となります.
(補足ここまで)
参照
北部排水門の構造
全開流出の不等流計算の考え方
流速・流量の数値
潜り流出と自由流出の流量・流速の計算はいくつかのやり方があります.たいていの水理学書に出ている実用計算法は便利ですが,下流側水深と開度の比が8以下の場合の値しか出ていません.
参照 実用計算法
農水省が長崎地裁に提出した『洪水排水計画』38ページには,任意の水深・開度で使える式が出ていますが,潜り流出の式が明らかに誤っており(かっこの数が合わない),使えません.
そこで,今回は吉岡幸男著『図解 土木講座 水理学の基礎(第二版)』技報堂出版刊に出ている式を使用しました.同書では開度の記号を d としていますが,ここでは流量と流速の考え方の説明と整合をとって,Hとしておきます.
自由流出では ,C1=0.62-0.66
潜り流出では ,C2=0.62-0.66
C1,C2の適用範囲はH1/H>2.0です.
C1,C2には幅があるので,安全性に余裕を持たせるために,流速を大きく見積もることにして,0.66 の値を使用しました.この式による結果を実用計算法の結果と比較すると,
自由流出の流速は数%程度,大きめに出る.
潜り流出の流速は数%程度,大きかったり小さかったりする.
そのため,両者の境界で流速の値が不連続になる.
ことがわかりました.したがって,潜り流出については安全性に余裕を持たせるために,流速を1割増して考えるとよいでしょう.
自由流出と潜り流出を判別する式は前出の『洪水排水計画』38ページの式を使用しました.図で赤線より上の緑線表示が潜り流出,赤線より下の茶色線表示が自由流出です.
図から明らかなように,開度を0.5mにしぼれば,大潮の干潮時を除いて,流速を2.0m/s以下に抑制できることがわかります.図示は省略しますが,開度を0.2mにしぼれば,上流側水位2.5m,下流側水位-2.5m(これほど極端な水位差は起りにくい)であっても,流速を0.98m/s(流量は367m3/s)に押さえることが可能という結果が出ました.つまり,流速の問題に限って言えば,完全閉鎖は不必要だということになります.