防災のシミュレーションや災害の報告書を見るといろいろな記号や専門用語が出ています.これらは一見難しそうですが,ひとたび意味を理解すると意外とわかるものです.また,川の水位を予測する(不等流計算)など専門家にしかできないと思いがちですが,高校数学の基礎知識と電卓や表計算ソフトがあれば,わりあい簡単にできる計算もあります.
ここではそのような例として,広く実用で使われているマニングの公式を紹介します.これがわかると諌早湾干拓で諌早市街地の防災が不可能な理由をより深く理解することができます.
川や溝などの水路を流れる水の量を流量といい,通常はQという記号で表わします.流量は水路の断面を単位時間に通過する水の体積で表わします.たとえば1秒間に330立方メートルの水が流れるときは Q= 330 (m3/s) と書きます. また,単位時間に水が移動する距離を流速といい,通常はvという記号で表わします.たとえば1秒間に6.3メートル移動するときは v= 6.3 (m/s) と書きます.以下,この流量・流速の流れを例に説明を続けます.
流れの断面積(流れの方向に対して直角に切る)を流積(記号はA)といいます.上記の流れの場合,
ここで,流量・流速・流積の関係を見ると,図からわかるように,流速と流積を掛け合わせると流量になります.式で表わすと
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流れの断面のうち,空気と接する部分を除いた,水路の壁や底に接する部分の長さを潤辺といい,記号はSで表わします. 図(横断面を示す)の例では両岸の壁と接する部分の長さがそれぞれ5m,水路底と接する部分の長さが10mですから 5+10+5=20 で S= 20 (m) となります. また,流積は台形の面積の公式から (16+10)×4÷2=52 で A= 52 (m2) となります.
ここで,流積 Aを潤辺 S で割った値を径深(記号はR,別名水理学的平均水深)といいます. 数式は R=A/S です.上の例では 52÷20=2.6 ですから R=2.6 (m) となります.径深が小さいと水路の摩擦による影響を受けやすくなります. |
図は流れの縦断面を示しています.流れのある水面の傾き(勾配)を水面勾配といい,i という記号で表わします(大文字で表わす場合が多いのですが,ここではフォントの表示の関係で1と紛らわしいので小文字を使います).水面勾配は流れに沿った移動距離 L で水面の低下 h を割った値です.数式で表わすと i=h/L です.たとえば,100m流れると水面が1m低下するとき,水面勾配は 1÷100=0.01 つまり i=0.01 となります.水面勾配は長さ(m)を長さ(m)で割ったものですから,単位はありません. |
水の流れを思い浮かべながら読んでください.水面勾配が大きいほど,流速は大きくなります.また,径深が大きいほど(水が深いほど)壁や底の摩擦の影響が少なくなり,流速は大きくなります.また,壁や底の凹凸が激しいほど,抵抗が大きくなり,流速は小さくなります.
これらの法則を実験にもとずき,数式で表わしたのが,マニング(Manning)の公式で,次のようになっています.
少しやさしく書きなおすと v= R0.6667 i 0.5/n となります. |
(数学の説明) i1/2= i 0.5 とは i の平方根のことです. i が4(=22)倍になれば v は2倍に, i が9(=32)倍になれば v は3倍になります. R2/3= R0.6667 とは R の2乗の3乗根のことです. R が8(=23)倍になれば v は4(=22)倍に, R が27(=33)倍になれば v は9(=32)倍になります. 初心者向きの説明 |
n は粗度係数 といい,水路底や壁の「荒さ」を示します.nの値は滑らかなコンクリートで0.010から0.016,砂礫底の川で0.025から0.035程度といわれています.草が繁茂すると0.05以上になります(これらの値は本によって多少の違いがあります).干潟面だとなめらかですから0.015から0.020ぐらいでしょう.水路底や壁が荒いと,n が大きくなり,公式を見ると v が小さくなるのがわかります.また,水面が水平(水面勾配 i=0)だと流れが生じない,裏を返すと水を流すには下流と上流の間に水位差が必要なこともわかります.
上の例ですと (ここでは n=0.030 として計算する)
(1/0.030)×2.60.667×0.010.5=(1/0.030)×1.89×0.1=6.3 (m/s) となります.流量は流速と流積を掛け合わせて
6.3×52=327.6 で Q=330 (m3/s)となります.計算をわかりやすくするため任意の数値を設定したのですが,結果を見ると水路の規模から考えてかなりの洪水です.
マニングの公式を変形すると
i(1/2)=nv/R(2/3) i=n2v2/R(4/3) ここで v=Q/A を代入して i=n2(Q/A)2/R(4/3)=n2Q2/(A2R(4/3)) | 途中の式は興味があれば見てください. |
となります.河口で潮位が下がると,河口では流積Aが減少し,径深Rも大局的に減少します(★図解説明).nは一定ですから流量Qが同じならば,式からわかるように水面勾配 i は大きくなります.このため,洪水時には,上流に位置する諌早市街地に潮位変化の影響が及ばないのです(★図解説明).また,河床がやぶになると粗度係数 n が大きくなるため,水面勾配 i が大きくなり,上流側の水位が高くなるのです.
このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。
http://www.fsinet.or.jp/~hoteia 制作・著作 布袋 厚 1999年