不等流計算

諫早湾の目次
水理学による検証
マニングの式
本明川河口〜半造川合流点の断面形状と水位−流積・潤辺・径深対応表

計算結果

計算結果のグラフを見る

 結果の読み方や用語の説明は下のほうをご覧ください.

 いずれも1996年3月測量の横断面図をもとに計算しました(水位が堤防高を越える場合は,河道側の堤防法肩上に鉛直面の壁を設けたと仮定しました).

 流量の数字をクリックしてください.
 1720m3/s 現計画高水流量=諌早水害級の雨に対応.上流のダム建設および下流部と半造川の拡幅・堤防かさあげが前提.
 1450m3/s 諫早水害後の計画高水流量=諌早水害の3/4の流量.現在の本明川はこれに対応.
 1000m3/s
 500m3/s
 300m3/s
 200m3/s
 100m3/s
 2m3/s   平常時の流量

 水位の基準はすべて東京湾平均海面です.グラフ説明で流量の単位が「トン」となっていますが「m3/s」と同じ意味で使っています.

 ここでは河口から半造川合流点(河口から約2km)までの区間について不等流計算を行ないました.計算では流量・粗度係数・河口水位のいろいろな組み合わせを想定しました.
 河口付近では0km100地点で川幅が急に広がり,実質的に海に出る形になっているので,ここを計算の出発点にしました.
 なお,グラフの横軸にある追加距離は河口からの距離です.0/500などという距離標の値よりも,追加距離のほうが正確です.

結果の読み方

 折れ線の左端が河口水位です.ここの水位を3.0m(計画高水位),2.5m(大潮満潮位),限界流水位の3通りで想定して,上流に向かって計算しています.諌早湾(調整池)の水位を下げていくと調整池の管理水位−1.0mになる前に限界流になってしまい,もはや河口水位を下げることはできません.そのときの川の水位を青線で示しています(今回の計算では,海が限りなく深いと仮定して河口の限界流の水位を求めましたが,実際には干潟面があって,諌早湾つまり今の調整池の水位が1.5m以下のときは河口の沖に最長数kmの水路が生じます.この水路の抵抗により,諌早湾と河口のあいだに水位差が生じるため,河口水位が限界流水位よりいくぶん高くなると考えられます.ただし大洪水のときには限界流水位が干潟面より高くなり,河口の外で水が扇形に広がるので限界流が生じていると考えられます).
 3本の線を上流(グラフで右のほう)に追いかけると洪水時には上流でひとつにまとまっています.流量1720m3/sでは河口から0.6km,流量1450m3/sでは河口から2.0km,流量1000m3/sでは河口から2.4km付近でひとつにまとまっています.この現象が『諌早水害誌』に書かれている「収斂」です.なお,一部のグラフで河口で限界流のときの水位の線が,ほかの二本の線を上回っていますが,これは計算誤差のほか,粗度係数を過大に見積もっていることのあらわれだと考えられます(いくつかの傍証から見ても粗度係数は0.020ぐらいが適当のようです).
 一方,平常時の場合は河口水位が−2m近くまで低くなることが可能で,河口から2.5km付近でも河口水位に応じて水位が大きく変化することがわかります.

等流と不等流


 道路の側溝や用水路など長い区間にわたって勾配や断面の形が均等な水路では,水路のどの部分でも流れの断面形状や流速が均等で,流量と水路勾配・断面形状をもとにマニングの式を使って,水位を求めることができます.このような流れを等流といいます.
 これに対して,自然の河川など断面の幅や形状,河床の勾配が変わる水路では,流れの断面形状や流速が場所によって変化します.このような流れを不等流といい,水位の計算が複雑になります.このときに行なう計算のことを不等流計算といいます.

水の流れのエネルギー


 水を高いところから低いところに落とすと水車や発電機を回してエネルギーを取り出すことができます.このように高さによって決まるエネルギーを位置エネルギーといいます.また,流れの中に水車を入れるとこれを回すことができます.このように流速によって決まるエネルギーを運動エネルギーといいます.高いところから低いところに水が落ちれば,位置エネルギーは運動エネルギーに変換されます.
 水流の持つエネルギーは水面の位置エネルギーと運動エネルギーの合計となります.他に圧力のエネルギーというものがありますが,不等流計算では便宜上考えなくても大丈夫です(不等流計算の式には,目に見えない形で,圧力のエネルギーが含まれている).水理学ではエネルギーを高さに換算して表わし水頭(単位はm)といいます.位置エネルギーを位置水頭,運動エネルギーを速度水頭,全エネルギーの合計を全水頭で表わします.

 この場合,エネルギー基準面は任意の高さにとることができます.今回計算では東京湾平均海面(つまり標高0.00m)にとりました.

不等流計算の原理

 数式による説明は,式が非常に複雑であり,物理学の基礎知識の説明もかなりの分量になるので,ここでは省略します.なお,もう少しやさしい計算法としてブレッスの式があります.


 川の流れでは,河道と水の摩擦によって水流のエネルギーが失われます.この失われるエネルギーを摩擦損失水頭で表わします.川の,ある区間を流れる間の摩擦損失水頭は粗度係数・流量・区間の両端の流積・径深(これらは河道の断面形状から求められる)および区間の長さの組み合わせで決まります.
 図で断面2から断面1まで水が流れる間に,水位や流速が変化しますが,全水頭は摩擦損失水頭の分だけ減少します.

(断面2の全水頭)−(断面1の全水頭)=(摩擦損失水頭)   いいかえると
(断面2の水位と速度水頭の和)−(断面1の水位と速度水頭の和)=(摩擦損失水頭)

 この関係を利用するのが不等流計算です.たとえば,ある流量の洪水の場合に,河道の断面形状がわかっていれば,河口の水位に対応する全水頭が決まるので,少し上流にさかのぼった地点の水位の値を変化させて,全水頭の差が,摩擦損失水頭に一致する値を探し出すことができます.さらに同じ方法で,その地点の水位をもとに上流の水位の値を探し出します.
 実際の計算では次に述べる支配断面を出発点として,常流部分は上流に向かって,射流部分は下流に向かって計算します.表計算ソフトを使うと,流量や河口水位,粗度係数を変えて,いろいろな組み合わせで,比較的短時間に計算することができます.

常流・射流・限界流

 水路の一部で水位が変わったとき,この変化が伝わる速さ(伝播速度)は流れの断面の形状(とくに水深)によって決まります.

 流速伝播速度より小さければ,水位の変化は流れをさかのぼることができるので,上流側の水位も変化します.このような流れを常流といいます.
 流速が伝播速度より大きければ,水位の変化は流れをさかのぼることができないので,上流側の水位は変化しません.このような流れを射流といいます.
 流速と伝播流速が一致する流れを限界流といいます.流量が一定ならば水位がいろいろ変化する場合,全水頭は限界流のときに最小になります.これを利用して,このページでは限界流の水位を求めています.

 ここで川の任意の断面で流量が一定のとき,水位をいろいろ変化させる場合を考えます.水位が高い(水深が大きい)ほど伝播速度は大きくなり,水位が低い(水深が小さい)ほど伝播速度は小さくなります.
 一方,流量が一定ならば水位が低いほど流積が小さくなり,(流量)=(流速)×(流積)の関係がありますから,流速は大きくなります.逆に水位が高いほど流積が大きくなり,流速は小さくなります.
 これらを考え合わせると,ある水位で流速と伝播速度が一致して限界流となります.それよりも
水位が低いと流速が伝播速度を上回り,射流となります.逆に,
水位が高いと流速が伝播速度を下回り,常流になります.



支配断面

(この項,2000年7月24日改訂)


 河口水位をいろいろ変えて不等流計算をする場合を考えてみます.

 計算する区間すべての場所で水深が限界水深(限界流が生じる水深)を超えている場合は,流れは常流となり,水位変化が上流に伝わりますから,不等流計算は潮位を出発点に行ないます.

 潮位を下げて川の水位が下がり,どこかで水深が限界水深を下回ると,そこに射流が生じ,潮位低下とともに射流が下流に向かって延びていきます.最初に射流が出現する地点を境に下流の水位変化が上流に伝わらなくなります

 その境目を支配断面といいます.水は支配断面を通過するとき,常流から限界流をへて射流に変化します.逆に急流が緩流に変わるところでは,射流から常流に変化しますが,この場合の境目は限界流にならず,水が渦巻いたり波立ったりします.これを跳水といいます.

 支配断面の上流では常流となり,不等流計算は支配断面の水位を出発点に上流に向かって進めます.支配断面の下流では射流となり,不等流計算は支配断面の限界流水位を出発点に下流に向かって進めます.

 本明川では河口に支配断面が生じると河口水位が限界流水位となるので,いくら潮位が下がっても(諌早湾を締め切って中の水位を下げてみても)河口水位は下がりません


このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。

http://www.fsinet.or.jp/~hoteia 制作・著作 布袋 厚 1999年