問12.防災効果は発揮されているか。昨年7月23日の諫早市における豪雨は、記録的なものとなり、一時は本明川の水位が警戒水位を超え、市内の全地帯に避難勧告が出されるような危険な状況でありました。このような状況下でも、調整池の水位が標高ゼロメートル以下で管理されたため、外潮位の影響を受けずに本明川の水位は順調に低下し、一時的に湛水した地域も同日中には湛水状態が解消されました。(資料−9参照) |
これは2000年4月21日に開催された「第5回 諫早湾干拓営農構想検討委員会」で配布された長崎県諫早湾干拓室作成の資料にある文章です.わかりやすくするために番号をつけて妥当性を検討します.
(1)昨年7月23日の諫早市における豪雨は、記録的なものとなり、一時は本明川の水位が警戒水位を超え、市内の全地帯に避難勧告が出されるような危険な状況でありました (2)このような状況下でも (3)調整池の水位が標高ゼロメートル以下で管理された (4)ため (5)外潮位の影響を受けずに (6)本明川の水位は順調に低下し (7)一時的に湛水した地域も同日中には湛水状態が解消されました |
(1)は気象庁の諫早アメダスで1時間降水量の新記録が出たことから記録的ですし,本明川の一部で水位が計画高水位を超えたことから危険と言えますし,避難勧告が出たのも本当ですから,この記述は正しいといえます.
(2)このような=記録的・危険な状況は小野島地区には当てはまりません (小野島地区の7月23日の日降水量は170mmで,この程度の降水は年によっては何回も見られる).
日降水量分布図 |
本明川と二反田川の間の,左上5分の4の範囲が小野島流域になります. |
資料9の黒崎・梅崎・松崎の3排水機場はいずれも小野島地区にあります.
したがって,諫早湾干拓室は小野島に当てはまらない集中豪雨を使って,小野島地区の防災効果を論じていることになります.これは問題のすりかえです.
しかも,諫早湾干拓室と直結関係にある諫早湾干拓事務所は自ら小野島地区の真中,黒崎排水機場敷地内にある干拓中央雨量観測所の降水量データを持っていながら,彼らはこれを隠し,わざわざ小野島地区外の西里観測所(諫早湾干拓事務所内)のデータを使って,防災効果を宣伝しているのです.
※西里(諫早湾干拓事務所)の位置は上の地図でいうと,図の左端近くの「本明川」の「本」の字と「小豆崎」の「崎」の字の中間付近です.
(3)調整池の水位が標高ゼロメートル以下だったのは事実ですが,その水位以下に抑えておこうと目的意識を持って能動的に水位を調節したわけではありません.なす術がないまま水位が上昇した結果がたまたま0mだっただけの話です.もし,雨の範囲が広ければ,確実に0mを超えています.諫早湾干拓室の論理は,結果を見てから,それに合わせて「目標は○○だった.成功した」と言っているようなものです.
(4)「ため」というなら,(3)と(6)(7)との間の因果関係を分析的に立証する必要があります.諫早湾干拓室は単に事象をならべて,短絡させているだけです.このような論理が正しいのであれば,「諫早湾を締め切ったため,のりが不作になった」という論理も正しいことになります.
(5)諫早湾を締め切らない場合に洪水時の外潮位の影響がどう現れるかを計算や正しい統計によって具体的に示す必要がありますが,これまで対外的には一度も示されていません.
(6)締め切り前の観測データの積み重ねにより,「洪水と満潮が重ね合わせられて,より水位が高くなる」という考え方は否定されます.これは下にある1991年の水位図で,洪水中でも満潮時の不知火水位と大浦潮位がが同じことによって確認できます.1999年の図で洪水中,大浦潮位が不知火橋水位を大きく上回ってはいませんから,たとえ諫早湾を締め切っていなくても,本明川の水位は「順調に低下」したことが推定できます.
推定の根拠を見る もっと多くのデータを見る 大浦検潮所の位置
(7)湛水(水がたまること)がその日のうちに解消したのは事実です.しかし,1999年の図で本明川の水位変化をよく見ると,松崎と梅崎の両排水機場については不知火橋の水位が最低田面高=標高(E.L.と略)0.6m=標高60cmを下回る(つまり,低地から本明川への排水が可能になる)前に,すでに排水機場の運転が終わっています.
つまり,少なくとも梅崎・松崎については,湛水が解消したのは排水機場の働きによるものであって,本明川の水位が下がって排水が促進されたのではないということです.諫早湾干拓室の宣伝は,排水機場の効果を干拓事業の効果にすりかえています.(6)と(7)を結びつける論理は誤っています.
以上をまとめると諫早湾干拓室の論理には,2つのすりかえおよび2段重ねの短絡があることになります.
諫早湾干拓室は1999年の大雨時の防災効果を強調するために,締め切り前の例として1991年の大雨の例をあげています.
諫早湾干拓室がいいたいことは
(1)1991年6月30日の降水量が164.0mmであるのに対して1999年7月23日の降水量は306.0mmもあって2倍近い.
(2)排水機場の運転時間が1991年には19ないし46時間かかったのに対して,1999年には9ないし10時間と半分以下に短縮できた.
(3)つまり,1991年に比べ,降水量は2倍あったのに,排水機場の運転時間は半減できた.
(4)これは諫早湾締め切りのおかげである.
ということです.
ところが諫早湾干拓室は,小野島地区にある黒崎・梅崎・松崎の排水機場の運転時間の比較を行うのに,小野島地区外にある西里の降水量で比較しています.
小野島地区の防災効果を語るのですから,降水量も小野島地区のデータを用いるべきです.実際に小野島地区の流域平均降水量をみると
1991年6月30日の降水量が201.1mmであるのに対し,1999年7月23日の降水量は170.7mmであって1991年よりも1999年のほうが少ない.
という結果になり,大小関係が逆転します.降水量が少なければ,排水機場の運転時間が短縮するのは当然です.しかも,上述(7)のように,少なくとも梅崎・松崎については,湛水の解消は排水機場の効果です.
諫早湾干拓室の資料は,データをすりかえて,「顕著な防災効果」という誤った印象を植え付けるものです.
第5回営農構想検討委員会の資料(2000年4月21日開催) | 本来比較すべき値 | ||||||||||||||
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資料-9締め切り前後の本明川最下流水位(不知火橋水位)とポンプ実運転時間の比較 |
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平成3年6月29日〜平成3年7月2日(締め切り前)
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平成11年7月22日〜平成11年7月25日(締め切り後) |
黒崎排水機場敷地内にある九州農政局干拓中央雨量観測所の1時間ごとの降水量および最大24時間降水量.
左図と比較すると,長崎県の使った値との違いがわかりやすい.
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(館長注) 諫早湾干拓室作成の図について,画像を鮮明にするために必要な範囲で,文字の入れ直しや線の引き直しなどを行いました.