1999年7月23日に降った諫早市の集中豪雨について「諫早市で1時間100mmを超える観測史上最大の記録的な豪雨だったにもかかわらず,被害は小さかった.調整池の防災効果がじゅうぶんに発揮された」との論理があります.これが正しいかどうかを判断するには,諫早湾岸の低平地流域にどれだけの雨が降ったかを見る必要があります.
当日の降水量分布(ピーク1時間については場所により時間帯が異なるので1時間雨量と浸水範囲の時間変化を参照)を見ると豪雨は諫早市の北部(多良山麓)に偏在しており,低平地の広がる諫早湾南岸にはかかっていません.これを詳しく見るために低平地流域ごとの平均降水量を計算した結果を下のグラフに示します.流域(低平地とその上流域を合わせたもの)の位置は地図を参照ください.中央左下の「長田」という文字のあたりが本明川河口です.
平均降水量の計算はティーセン法をもちいて,図に示すように流域を分割しています.だいだい色の点は観測地点,数字は各観測地点に割り当てられた面積(支配面積という)です.図中の数値は5万分の1地形図をトレースした方眼紙上の面積(mm2)です.実際の面積(km2)に換算するには0.2516をかける必要があります(理論上は0.2500となりますが,地図と方眼紙の紙の伸縮のため,理論値から外れます.地図など図面を計測するときは注意が必要です).面積計算は方眼紙から読み取った座標をもとにCAD(製図用ソフトウェア)を使って行なっています.ティーセン法とは何かを知りたい方は説明アニメーションをご覧ください.
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棒グラフは1時間ごとの雨量です.地名の下の数字は22日13時から23日13時までの24時間降水量です(この時間帯が24時間降水量として最大になります).
二反田川流域およびその東側では浸水被害が出ていませんが,これらの流域では警報基準(注)に届いていません.とくに湯田川・有明川・釜の鼻の3流域では注意報基準にも届いていません.
小野島流域では警報基準に届いているものの,24時間173.5mm,3時間123.6mm,1時間62.7mmで,同程度かそれ以上の雨が1982年豪雨(いわゆる「長崎大水害」)以後,何回も現れています.現在分かっている範囲でその例を示します.
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降水量が多かった諫早市中心以北の低平地では,大半が浸水し,水深2m以上のところもありました.(1999年7月23日集中豪雨による浸水を参照)
1999年7月23日の集中豪雨で観測史上最大だったのは,あくまでも気象庁の雨量計(地図左下部分の+印)がある諫早市中心部の話であって,小野島以東の低平地には当てはまりません.「水の引きが速かった」という論理も,小野島流域の梅崎・松崎両水系で検証した限り,本明川の水位が下がり,自然排水が可能になった時には,すでに排水機場によって浸水が解消していたのが真相です(低平地排水効果の検証を参照).最初に紹介した「防災効果が発揮された」との論理は,互いに無関係の事実どうしを根拠もなく結びつける,短絡的発想と言えるでしょう.
「防災効果」を宣伝する論理で確実に正しいのは「満潮時に調整池の水位が海の潮位より低かった」という事実に過ぎず,それ以上でもそれ以下でもありません.
(注)
諫早湾周辺を含む「長崎地方」の大雨警報・洪水警報は(1)1時間50mm以上(2)3時間100mm以上(3)24時間150mm以上のいずれかひとつでも予想される場合に発令されます.また大雨注意報・洪水注意報は(1)1時間30mm以上(2)3時間60mm以上(3)24時間90mm以上のいずれかひとつでも予想される場合に発令されます.有明川流域の東部と湯田川流域は気象台の予報区では「島原半島」に含まれ,雲仙火山の噴火に伴い警報・注意報の基準が引き下げられていますが,両流域は実質的に島原半島外の流域と差がないので,ここでは半島外の基準をそのまま適用しています.
1時間降水量を見るときは落とし穴に注意(雨量データを読むときの注意の時間帯の区切り方の項を参照)
このページを含む<諫早湾と防災>閉鎖保存版は有明海漁民・市民ネットワーク事務局が著作者から全面的な管理を委ねられ、独自に複製・配布・公開しています。著作者は諫早湾の問題からは手を引いており、質問等は受け付けていません。
長崎自然史仮想博物館 制作・著作 布袋 厚 2000年