水質悪化が止まらない調整池 閉め切り後の干潟(ハイガイ左とカキ右) 下表は農政局が着工以来、月1回の頻度で調整池と諫早湾で行っているモニタリング調査(調査地点図)で、B1と名付けられた調整池内の地点でのCODの推移である(しかしこの調査が毎月いつ実施されているのか、観測日は公表されていない)。97年4月の閉め切りを境にして急速に悪化したことは一目瞭然なのだが、農水省はこれを閉め切りのためとは未だに認めておらず、「流入河川水質の悪さ」や「背後地面源対策の遅れ」に責任転嫁している。しかし農水省の言い分が正しければ、河川水質が悪化したり、背後地農業が盛んになったりしたのが97年4月からということでなければならないが、そうした事実はない。この時期から悪化が始まったのは、堤防閉め切りによる海水の遮断と淡水の滞留にあるのは誰にでも明らかなことなのだが、「無謬でなければならない官僚」の手にかかると、こうした歴然たる事実まで否定されてしまうのが現実である。 環境アセスでは閉め切り後の調整池CODは5mg/Lの環境基準の範囲内に収まると予測していたのだが、農水省(九州農政局)は、閉め切り後のこの事態を見越して、実は着工前から諫早市周辺地域で下水道整備事業に力を入れてきていた。しかしそれでも閉め切りは水質の悪化をもたらしたのである。これは日本の湖沼水質のワースト10に入るレベルである。当時の環境庁からも水質のモニタリングを行うよう意見具申された農水省は、上記の月1回のモニタリングとは別に、閉め切り時から週2回の調整池内水質調査(全データへリンク)を始めた。その調査地点は下図の通りである。ただし事業完了後の2008年度からは、@週1回から月2回への観測回数の削減、A調査地点S11とP2の観測中止、BDO(溶存酸素量)の観測項目の廃止、という措置がとられ、モニタリング体制が弱められている。それでも閉め切り以降頻繁に観測されてきたこのデータは貴重である。 以下に週1回(08年4月からは月2回)調査によるB1地点の主な観測項目をグラフにして示す。表中に特に表示がなければ単位はmg/Lであるが、クロロフィルaのみはmg/m3である。なおグラフ内の黒直線は線形近似を示す。 調整池水の水温(B1)は、海域(B3)のそれと比較して、夏により高く、冬により低いことが分かる。また地球温暖化の影響を見いだすことはできない pHの環境基準は6.5以上、8.5以下とされているが、8.5をオーバーすることが恒常化している。しかも農業用利水点については、6.0以上7.5以下とされており、pHが高すぎると鉄欠乏による葉の黄化現象などを引き起こすので農業には不適な水質である。pHの上昇は、調整池内での淡水系プランクトン増殖(光合成によるCO2の消費)の結果と考えられる。 これはあくまでも表層の値である(底層はモニタリングされていない)。DOの環境基準は5mg/L以上なので、一見満たしているように見えるが、10mg/Lをも超える異常な高さは赤潮の光合成が原因であろう。冬に高いが(冬でも猛烈な赤潮!)、夏に低いという季節変動が明確に現れていることからすると、夏季の底層や底質間隙水では貧酸素が発生している可能性が高い。しかし08年度からはDOそのものが観測項目から除外されてしまっている。 調整池CODの環境基準値は5.0mg/l以下であるが、それを達成できていないどころか、線形近似からも年々の悪化傾向は明らかである。 SS(浮遊懸濁物)の環境基準は15mg/L以下であるから、はるかにオーバーしている。 全チッソの環境基準は1mg/Lなので、オーバーしているが、経年的には横ばいである。ところがこのトータルチッソに含まれる栄養塩(無機態チッソ)は下図の通り減少傾向にある。 したがって全チッソから無機態チッソを差し引いた有機態チッソは、下図の通り年々増加傾向にあることが分かる。 次にリンである。 全リンの環境基準は0.1mg/Lだから、2倍以上オーバーしている。無機態リンが横ばいなのに全リンが増加傾向にあるのは、有機態リンの増加による。DOの項で述べたような底質での貧酸素が発生していれば、調整池底質からの溶出が増加している可能性もある。 クロロフィルが10mg/L以上の場合を赤潮と言うが、上のグラフで一目瞭然、閉め切り後の調整池は常に10mg/Lを超えており「慢性赤潮状態」である。しかも経年的にも増加傾向である。 さらに重大なことには、アオコの発生問題がある。97年からしばしば発生し、農政局は98年にはアオコキラーと称するアオコ回収船まで購入しており、この事態は予測済みのものだったに違いない。特に2008年は調整池全面を覆うほどの異常増殖が生じてにわかに社会の注目を集め、大学の研究室も調査に乗り出した(熊本県保健科学大学高橋研究室のHPへ)し、農水省自身も調査を行い、肝臓毒であるミクロシスチン(ミクロキスティスというアオコから分泌される)が調整池水に溶け込んでいるのを確認している。これについて農水省は、アオコを含む農業用水の利用は日本全国どこでも行われており、今まで問題が無かったから大丈夫、という見解である。しかし各地の湖沼やため池などの毒素濃度の比較調査は行っていないという。少なくとも諫早調整池ではWHO基準を超える濃度が検出されている以上、安全だという保証はどこにもない。肝臓病を患っている人の中には、実はこのミクロシスチンを含む野菜を食べてきたのが原因だったという人がいるかもしれない。ただ病気の原因を突き詰めて特定していないだけの話だから、将来、大きな社会問題になる可能性も否定できない。安全安心な環境保全型農業を標榜する以上は、こうした毒入り水を農業に使うのは避けるべきではないだろうか。 以上のように調整池水質の各項目とも目を覆うばかりの惨状であるが、驚くべきことに農水省はこれを、「河川水質の反映でしかない」と言い張る(政府答弁書)。しかし下表のごとく(不知火橋が本明川最下流の調査ポイントである)、着工以来の下水整備が進み、河川水質は改善しているのに、調整池のみが逆行して悪化しているのだから、有機汚濁の大半は閉め切りによる内部生産の結果と言わねばならない。2000年代前半、農水省は「工事が終了すれば水質も環境基準を満たすことになる」と抗弁していたが、ついにその予測も外れてしまったが、担当者は責任を感じているのだろうか。また調整池水質の改善のために、閉め切り直後から調整池等水質検討委員会も設置され、御用学者の代表格・戸原義男九大名誉教授を先頭に、各種水質改善策(葦原造成、野菜筏の設置、潜堤の築造など)を助言してきたが、ついにその成果も見られないままである。長崎県も、水質改善計画を立てて下水道整備に年々大金を投じてきたが、結局のところ予測が外れた原因を明確にすることもなく、新たに予測をし直して現在第二次水質保全計画を実施中である。しかも今次計画終了時点でも、水質環境基準は達成できないという「保全計画」なのだから呆れるばかりである。国と地元自治体が、年々30億円前後の水質改善費用を投じても、結局水質改善には結びつかず、今後ともその期待はもてないのであるから(下水道の整備は行き渡っても接続率が上昇しない局面に入っている)、残る手段は開門以外にありえない。開門して海水が導入されれば、アオコの発生もなくなるのだ。