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●水門操作・防災問題

農水省作成、現在は長崎県に管理を委託されている 
排水門管理規程・細則(平成12年)
排水門管理規程・細則(平成20年)

常時全開門における水位・流速等 (ノリ第三者委提出資料) 常時開門は、必ずしも常時全開門を指すのではなく、潜り開門との併用での常時開門もありうることに留意。

・護床工図面(北部水門南部水門


・平成13年度 諫早湾干拓事業調整池水理その他検討業務報告書(2002.3) その1 その2 その3

・平成15年度 諫早湾干拓事業 背後地排水その他検討業務報告書 その1 その2 その3 その4 潮遊水路図 排水樋門位置図



●開門費用問題

・ノリ第三者委への農水省提出資料

・中長期開門調査検討会議への農水省提出資料

・2010年7月28日漁民ネット作成チラシ「開門に巨費は不要です

水門開放
問題

   イメージ                                    調整池への海水導入=水門開放で
流速と水質が改善される

誤解されがちな「水門開放」の意味  

 調整池には一級河川の本明川をはじめとするたくさんの河川水が流れ込んでいる。水門を閉鎖したままでは調整池が溢れてしまうし、防災上必要とされる調整池水位の−1m管理を行っていく上でも、調整池水は頻繁に諌早湾に排水されなければならない。その意味では、水門は現在も開放されていると言えるが、その目的は排水のためだけに限られているから、調整池水位よりも諌早湾の潮位が低くなる干潮の時間帯に限ってゲートが上げられている。調整池水は淡水なので、ゲートの底面から排水されてもすぐに海面に浮上し、有機懸濁物が海へ広がっていく。
 これに対して漁業者の求める水門の開放とは、現行の排水操作に加えて、調整池水位が海側よりも低いときにもゲートを上げ、海水を調整池に導入することである。これにより(1)調整池の淡水は海水と入れ換わるので水質が改善される、(2)調整池の奥部に魚介類の産卵揺籃場・水質浄化場・生物多様性の宝庫としての干潟が再生される、(3)諌早湾や有明海の流れも一定程度強められ、このために赤潮や貧酸素の発生が抑制され、総じて漁場環境が改善されると期待されている。
 この間、農水省は10項目に及ぶ様々な理由を挙げて水門の開放を拒否し続けてきたが、08年春に「公共事業をチェックする議員の会」が主催した連続勉強会において議論が尽くされ、開門ができない合理的な理由は皆無であることが確認された。そして2008年6月の佐賀地裁判決で漁業者側が勝訴したのを機に、水門開放問題は再び三度、大きな社会問題となっている。
 湾の閉め切り後の諌早湾干拓事業の歴史とは、水門開放をめぐる攻防の歴史だったと言えよう。最近も諌早市長が、開門は湾内漁業に影響すると発言しているが、今でも排水をしている事実を棚に上げた理屈である。漁業者側は小規模開門から始めて、調整池水が海水に置き換わって後の常時開門を提案しており、市長の危惧は、現状における大雨時の大量排水時には当てはまっても、漁業者側対案による水門開放時には当てはまらないのである。


我々が提案する段階的水門開放のプロセス

 ノリ不作等対策検討調査委員会(ノリ第三者委)は2001年に、短期・中期・長期の水門開放を行って諫干が有明海異変に与えた影響を調査し、その際の海水交換は大きければ大きいほどよいと提言したが、農水省には、この提言がお気に召さなかったのであろう。開門調査の提言を盛り込んだ報告書が提出された後に、農水省は「調査と事業は別」と言って工事を続行するとともにノリ第三者委を解散させ、03年にはそれに代わって中・長期開門調査検討会議を立ち上げようとした。農水省のあまりにも身勝手な対応ぶりに対し、中・長期開門調査検討会議の委員になるよう誘いを受けた研究者は皆辞退したために、やむなく委員全員を官僚OBにせざるを得なかったと言われている。そこでは、既に短期開門は終わったからというので、中長期開門の方法として、いきなり水門を常時全開するという前提に立って、そこから生ずる諸問題(調整池の濁水がどっと有明海に流れ込んで漁場を荒らすとか、水門周辺で洗掘が起こって堤防の安全性を脅かす等々)を縷々指摘し、これをもとに04年の亀井農相による「中長期開門は行わない」という表明に至ったわけである。しかし短期・中期・長期をそれぞれ期間を空けて行うとすれば、中・長期開門の前には改めて短期開門による調整池水質改善を再度行わねばならず、最初の短期開門の意味がなくなってしまう。実際2002年の短期開門調査後は、農水省は水門を再度閉めてしまったので調整池水質がまた悪化しているにもかかわらず、そこを無視しての「いきなり全開」という前提は、開門を阻むための悪意に満ちた意図的なものと言わねばならない。今でも開門に反対する長崎の首長・議員・農民だけでなく、開門を望む漁業者の中にさえ、開門したら汚濁水で漁場が荒れると信じ込んでいる人が少なくない。これらは、中長期開門調査検討会議の非現実的な前提に基づく検討結果が、現在でも有明海沿岸の人々に浸透していることを物語っている。行政による宣伝力のすさまじさを実感させられる。
 しかしこうした方々は、調整池の汚濁水は今現在も排水されている事実を忘れてはいないだろうか。通常は、1回の排水で数十万トンから数百万トンであるが、大雨時には数千トンにもなる大量排水で漁場を荒らしているのだ(過去最高は97年7月10日の6900万トン)。そこで私たちは、ノリ第三者委が提言した三段階開門を連続的に行う「段階的開門法」を提案している。営農が開始された現実も踏まえると、具体的にそれは以下のようなプロセスになる。

1.農業用水の確保
 諫早中央浄化センターの放流水、本明川から取水した既存農業用水の余剰水、本明川河口からの取水、本格的ため池の設置といった手段がいくつもありえる。新干拓地だけでなくその背後地である森山地区も、長年農業用水の不足に悩まされ潮遊池の水を使わざるを得ない実態なのだから、この際、干拓地とともに背後地にも上記の水源から導水すべきあろう。もしその完成が開門に間に合わなければ、中海干拓で採用された簡易ため池の設置でも臨時的には対応が可能である。
 なお最近、長崎県は諫早中央浄化センターの高度処理された放流水について、全窒素濃度が高すぎると言い出したが、脱窒バクテリアによる浄化処理でチッソ濃度は簡単に低めることが可能である。また年間330万トン必要な用水が、同センターからは229万トンしか放流されておらず不足するとも県は言うが、平成20年度の利水実績は計画のわずか8%にしかすぎない。330万トンというのは、渇水年を想定した数値であるが、そうした緊急時には本明川からのアオ取水など別水源を利用すれば済むことである。平年雨量なら、この放流水だけで新干拓地のみならず背後地(井戸水に頼っているのは300haに及ばない)への導水も十分に可能な量なのである。
2.常時排水のためのポンプ場の建設
 現在は、満潮時でも調整池がマイナス1mに管理されているために、多少の雨なら背後地から調整池への自然排水が出来るようになっている(ただし大雨で調整池水位が−0.5mよりも上昇すれば、この防災機能は発揮できない)。開門すると調整池の水位は潮位と連動するようになるので、常時排水にとって有利になる時間帯(干潮)だけでなく、不利になる時間帯(満潮)も生じてくることから、私たちは少なくとも開門で防災上有利にはなっても、不利になることだけは絶対に避けなければならないと考え、長年農水省にポンプ場の設置を求めてきた。常時排水という防災機能に代わるポンプは、農水省の試算(平成15年度諫早湾干拓事業背後地排水その他検討業務報告書)によれば毎秒11.4立方メートルの排水能力でその設置費用は200億円ではなく17億8千万円である。しかしこの工事には3年もの年月がかかるので、工事完成までの間は、開門による調整池水位上限を現行同様の−1mに保つこととする。なお諫早大水害級の豪雨があれば、開門していようといまいと無関係に、背後地は最大3.7mもの浸水被害が予想されており、開門を機として少しでも多くのポンプ場を新増設させ、背後地住民の生命財産を守らねばならない。
3.土嚢や仮設ポンプの設置
 短期開門調査時にも、開門の4日前から作業にとりかかった簡単な準備である。これによって旧樋門から潮遊池への潮水の流入を防ぎ、また降雨時に潮遊池があふれないようにする。このほか、短期開門調査時には比較的低い場所にある老朽化した旧樋門を改修したりもして、総費用は8億6千万円だったが、今回は既に旧樋門の改修が済んでいるので、それより安価に第一段階の開門が実現できるはずである。
4.短期開門調査時並の開門開始

 2002年に実施された短期開門調査は、ノリ第三者委の提言では2ヶ月程度が必要とされていたが、実際には1ヶ月足らずで閉門されてしまった。今回は、中期・長期へそのままつなげるものとして位置づけなければならない。その主要な目的は、調整池の水底質の改善にあるが、既に実績のある方法なので何ら問題ない。開門初日から1週間程度は、海水導入量を数十万トンレベルに抑えることで、排水量も少なくすることができる。もし雨が降れば排水だけにとどめて、数日は海水の導入は中断する。こうして調整池の水位も、短期開門調査時と同じく、最低−1.2m、最高−1.0mとするので、新ポンプ場が完成していなくても防災上は現在と何の変化もない。短期開門調査時には「灌漑・洪水時期が近づいたから」と言って梅雨前に閉門されたが、当時は営農も開始されておらず、上限を−1mとする水門操作を行っている以上は防災機能は現状と変わらないのだから、全く理由にならない言い分である。
 このような小規模な海水導入と排水を何十回と繰り返すうちに、調整池内の淡水は徐々に海水と入れ替わっていく。現在の排水同様に、悪化した底質も徐々に排出されていく。短期開門調査時には海水導入から3〜4日後には汚濁が消えたが、調整池内が海水になれば、その排水は漁場に何の悪影響もないどころか、好影響を及ぼし始める。このレベルの開門であっても、時間をかければ調整池の水底質が徐々に改善し、諫早湾の赤潮・貧酸素は解消するものと見込まれるのである。なお常時開門に向けて各種シミュレーションなどの調査検討の必要があれば、この小規模開門中に同時並行して行うことが可能であるから、開門着手はいつでも可能である。中長期開門調査検討会議や長崎県は、常時開門では洗掘が生ずることを勝手に想定し、そのために開門の前に浚渫や護床工の作り直しなどが必要だとして、その費用を400億円としている。しかし洗掘が生ずると前提にされた1.6m以上の流速は、現在の排水でも常態化しており、根拠のある想定ではない。実際に開門しながらの実測値で予測と対策を立てるのが、シミュレーション予測より確実である。段階的開門を採用すれば、現在の調整池汚濁水や底質の流出が、開門後しばらくの間は現在と同様に継続するだけであり、長期に開門しているうちに徐々に水底質は改善されるのである。
5.中期開門への移行
 排水ポンプ場が逐次稼働し始めたら(稼働前でも、晴天が続くと予想される場合は、水位を−0.5mまで上昇させても湛水被害は発生しないことが判明している)、上限水位を−1mより更に上げることが可能になるので、その分、海水導入量も増加させることができる。中期開門の主要な目的は、長期の常時開門に向けた各種データの取得にある。
 @許容流速の測定 中長期開門調査検討会議では、秒速1.6m以上で海底の洗掘が生じ、えぐられた土砂が有明海に流出するとされていた。しかし毎秒1.6m以上の速い流れは、現在行われている排水でも頻繁に現れており、短期開門調査時の海水導入の際にも護床工縁辺部で2.0mの流れが発生したが、中長期開門調査検討会議が強調したような洗掘は起こらなかった。秒速1.6mという数値自体が、開門を妨げるために机上で編み出された架空の数値に過ぎなかったわけである。そこで中期開門では、徐々に流速を速める実験を行い、許容流速を確定する。もしその結果、常時開門の場合は現在設置されている護床工の外側でも許容流速をオーバーすると分かれば、洗掘を防ぐために現在の護床工周辺に捨て石工を施すこととする。これは開門しながらでも施工できる簡単な工事(船上からゴロ石を投入するだけ)である。これこそが本来あるべき開門アセス(予測と対策)である。なお一般的に流速は調整池と海域の内外水位差が大きいほど速くなるが、ゲート全開ともぐり開門時の比較では、水門直下では前者より後者が、水門から離れるにつれて後者より前者が速くなるのであって、「鳴門の渦潮」や「ジェット水流」に喩えられる速い流速は現在の排水でも生じているが、上の写真のような頑丈な護床工があるので洗掘は生じていないことに留意すべきである。通常のシミュレーションではメッシュが粗いために護床工の存在が無視されてしまうので、開門中の実測でしか正しくアセスが出来ないわけである。
 Aゲート振動の測定
 中長期開門調査検討会議では、水門ゲートは排水だけを想定して造られており、海水導入は想定していないから振動が生じて水門だけでなく潮受け堤防の破壊にまで結びつきかねない、との指摘がされた。これが全く根拠のない「脅し目的」の議論だったことは短期開門調査時のゲート振動測定で確認済みであるが、驚くべき事には現在も、開門に反対する理由にこれを挙げる不勉強な長崎選出の国会議員がいるのだ。なお中期開門では、短期開門より流速をさらに上げた場合の振動も測定する。常時全開にすれば、ゲートと海水は触れないので振動問題は端から生じないが、常時開門(常時全開ではなく)でも水位調節の必要上から「もぐり開門」を併用する場合に、ある流速の時に開度(ゲート底部と海底との差)がどの程度であれば振動が小さく安全かを確認し、万が一危険な開度があると判明すれば、その開度幅を避けたもぐり開門法を採用していくことになる。なお農水省によれば数十億円の費用がかかるらしいが、ゲート底部の部品を交換すれば、こうした振動問題は簡単に全面解決するのだが、短期開門の海水導入時も様々な開度で問題なく海水導入できている事実からすれば、そんな税金の投入は必要ないと考えられる。
 なお農水省官僚は今でも、「常時開門では海水の出入りが毎日2回ずつ繰り返され、特に大潮時には大量の海水の出入りで速度が速くなり調整池内の濁りの巻き上げや洗堀が生ずる」と繰り返すが、常時開門の前に短期・中期開門を経て調整池内の水底質が既に改善されていることを無視した議論であること、流速が特に速まる水門周辺には既に頑丈な護床工が設置済み(不足するなら捨て石で拡張すればよい)であることから、農水省の主張には根拠がない。いずれにせよ中期開門では、様々な潮汐状態の元での様々な開度での海水の出入りを調べるなどして、常時開門でも全く問題が生じないことを実証実験してみればよいだろう。
6.長期常時開門への移行
 中期開門での測定実験が終了し、常時排水用ポンプ場の建設が完工すれば常時開門への移行が可能になる。常時開門(高潮の警報や注意報が発令される非常時には閉門するという意味)と言っても二つの方法が考えられる。一つは常時全開門であり、もう一つは調整池水位を人為的にコントロールするための全開と潜り開門の併用方式である。前者は、諫早湾や有明海の流動の回復を主眼とする方法であり(流動は大きくなるが、調整池内水位は下は−1.5mで上は+2mとなるので、再生できる干潟面積は内部堤防に妨げられて狭くなる)、後者は調整池内に再生させる干潟面積を広げることに主眼があり、下を−2m、上を+1m程度にすれば現在の前面堤防前の葦原を中心に広大な干潟の再生が可能になる。どちらを採用するかは、開門後の有明海生態系の回復データを見ながら判断すればよいことであり、これを順応的管理という。

 以上のような段階的開門方法の提案に対して、農水省官僚からは未だに根拠のある反論は頂いていない。ところが金子・長崎県知事は「全然対案にならない。開門した翌日から長崎県は被害が出る」と述べた(09/12/24)が、具体的にどこが問題でどんな被害が出ると言うのだろうか。是非とも説明願いたいものである。


農水省官僚や長崎県の一部政治家はなぜ開門に反対するのか

 農水省官僚や長崎県(知事・県議会・地元市町・地元選出国会議員)は、事業を推進してきたという立場があるのだろうが、理由にならない理由で一貫して開門に反対してきている。開門して諫早湾や有明海の海況が改善した場合は、誰の目にも異変原因は諫干だったと分かってしまい、面目丸つぶれになるからであろう。しかし真に第一次産業を大切に思い、漁業も農業も防災も大事と考えるのであれば、政策を転換してほしい。実は国民はもとより、長崎県民の多くも開門に賛成しているのが実態だ。県民を対象に行われる新聞社の世論調査では、常に開門賛成派が反対派を大きく上回っていることからも明らかだ。その意味では、現在の県の中枢を担う政治家は民意を代表していない。そして何よりも、政治家として諫干事業が大切であると考えるなら、環境基準を満たさずアオコ毒まで含む調整池水ではなく別水源を確保し、洪水対策や非常時排水には何の役にも立たないどころか却って逆効果になっている調整池の−1m管理に代えて、ポンプ排水方式に変更する必要がある。開門は、これらの費用を国が全額負担するのだから、長崎県にとっても絶好のチャンスのはず。開門を契機に、安心安全な農業用水を手当てし、浸水被害を軽減するポンプ場を設置してこそ、諫干の当初の二枚看板だった「優良農地と防災」という目的も真に完成するというものだろう。しかも開門を契機に諫早湾や有明海が再生すれば、水産県長崎が復活するだけでなく、新干拓地での環境保全型農業も寄与して「環境先進県」として全国・海外にまで名をはせ、土木立県から環境・観光立県に変貌できる可能性がふくらむ。諫早周辺は毎年、内外からのエコツーリズムや修学旅行生で賑わうことだろう。今は、長崎県の政治家の器の大きさが試されている時と言ってよい。
 現在、長崎県等が表向きの反対の理由に挙げているのは防災機能の低下と農業への塩害の恐れの2点であるから、それらは開門の障害にならないことを以下に確認しておく。

1.防災
 1)高潮  気象予報技術が発達した現在、数日前からの予報が可能である。注意報や警報が出たら、干潮時に排水しておいて水門を閉鎖しさえすれば、高潮被害は防げる。
 2)常時排水  集中豪雨は予報が困難だが、毎秒11.4立方メートルの排水能力をもつポンプを設置すれば、現在発揮されている降雨時の常時排水能力は維持できるし、干潮時には開門中の方が常時排水能力は現在より高まるので、問題がないというより現在以上に防災機能は高まる。なお常時排水用ポンプ設置費用は17億8千万円であるが、すでに森山町が現在の防災能力の不備を補う目的で(開門問題とは別に)、毎秒19立方メートルの排水能力を有するポンプ場の新設に取りかかっている(排水路整備なども合わせて59億円の事業)。残る湛水被害常襲地帯は吾妻地区の山田干拓農地と旧愛野町だけである。リモートコントロール式のポンプ場であれば、従来のような人力による樋門管理などは不要になる。
 3)非常時排水  常時排水とは農作物に湛水被害が生じない程度の小規模雨量に対する排水であるが、諫干では諫早大水害級の豪雨を想定した背後地の非常時排水機能は目的とされていない。そうした豪雨ともなれば、−1m管理も常時開門もその影響にほとんど差は無く、背後地では3.7mを超える水深で浸水するという農水省のシミュレーションがある(現在と開門時のわずか数センチの差を埋めるべく試算されたのが中長期開門検討会議に提出された200億円相当のポンプ場設置という農水省案である)。海が2.5mの時に内水位が3.7mとは、どこに防災効果があると言うのか。このように背後地の「非常時」排水は、実際に開門問題とは直接には関係のない問題だが、常時排水用であれポンプを一機でも多く設置することこそが、背後地住民の生命財産を守ることにつながると言える。なお現行の排水門操作規程に則り、大雨による調整池への流入量が毎秒1000立方メートルを超えて増加し、かつ内水位が外潮位より低い場合は一時閉門するという規則を遵守して操作すれば、たとえ諌早大水害級の豪雨があっても調整池水位は最大2.19mまでにしか高くならない。ちなみに2002年の計画変更前の調整池が狭い時には3.17mまで高くなるという計画だったが、長崎県もそれを承知していたはずである。原計画の3.17mが許容されて、開門時の2.19mが許されないという理屈は成り立たない。また開門に際しては旧堤防の補修も必要とする議論があるが、97年の閉め切り時点で、調整池水位が3.17mとなることが想定されていた以上、旧堤防は補修せずとも開門時の2.19mの水位で問題が生ずることはないはずである。ちなみに旧堤防の底部は標高2mほどである。
 4)河川洪水  調整池は、言わば河口に造られたダムであるが、河川洪水を防止することは不可能。諫早大水害を防ぐために、昭和30年代から旧建設省が諫干とは無関係に河川整備を行っており、したがって開門しても、河川洪水とは別問題である。「諫干のおかげで諫早大水害の再来を防げるようになり枕を高くして寝られるようになった。しかし開門したら、また諫早大水害に襲われる」という一部住民の言い分は、悪意に満ちた非科学的なデマの類である。なお現在もまだ河川洪水の発生の可能性があるとして、諫早市はハザードマップを作成している。
 5)ガタ土の堆積  地元の方にとっては、閉め切りで潮が遡上しなくなったので河川や澪筋にガタ土が堆積しなくなって水はけが良くなり、また地元民総出の人力での澪筋確保作業(実際は機械で可能なのに、諫干推進のために農政局が意図的に人力でやらせていた)に駆り出されることもなくなったのに、開門するとまた昔のようにガタ土が河川などに堆積して水はけが悪くなったりするのではないかと懸念する声も多い。たしかにガタ土のもとになる粒子が塩分と触れる所では、粒子が凝集・沈降してガタ土として堆積することは避けられない。このため六角川など有明海の河川では、河道確保のために定期的に重機による浚渫が行われているのである。本明川だけでなく調整池の承水路も現在は国交省管轄なので、農政局のように人力でやらせることはなく、他の河川同様に重機による浚渫で河道確保に万全を期すはずである。
 以上のように、ポンプ設置後の開門は、現行の防災機能を高めることはあっても、低めることはないと言える。

2.塩害
 1)農業用水  現在は環境基準違反、アオコ毒による健康被害問題から、本来なら使ってはいけない調整池水を農業用水に使用している。諫干ブランドどころか長崎産農作物全体が消費者から敬遠されるだろう。開門問題とは離れても、別水源が必要なゆえんである。そして開門して海水を導入すれば、調整池の環境基準は達成され、アオコの発生もなくなるが、今度は高塩分を理由にして、いずれにせよ農業用水には使えなくなるので、別水源の手当がどうしても必要である。そうすれば現在より安全安心な干拓地営農が可能になる。なお森山地区では調整池と接続した潮遊池の水を(水利権なしに)農業用水に利用しているが、旧樋門をしっかり改修して逆流を防げば現在通り利用は可能だが、この地区はもともと水不足なので、現在は捨てられている諫早中央浄化センターの高度処理水を背後地に導水するよう提案したい。開門を機に背後地の水不足問題の解決も図るべきである。
 2)浸透塩害  調整池内水位上昇に伴う地下水上昇を通して、新干拓地や背後地の田畑に塩分が浸透してくると言うのが長崎県の主張であるが、農水省出身のある国会議員は「開門に反対するために、そんなくだらない問題を持ち出すしかなくなったのか」と苦笑いをしている有様である。新干拓地の排水路や背後地の潮遊池の存在のために浸透塩害発生の可能性は非常に低い。海水の影響を受けないようにと昔から潮遊池を作ってきた先人の知恵を無視してはならない。それでも万が一、開門中に畑地に塩分上昇の兆候が現れてきた時には、灌水をはじめとする除塩措置を施せば済む問題である。なにしろ九州農政局は、高濃度塩分土壌だった諫早干潟を除塩して農地に変えた実績があり、彼らには簡単な技術である。なお長崎県(濱本農林部長講演講演資料、漁民ネット作成の「理解しがたい長崎県の主張」)は、短期開門調査の際にも干陸地の塩分が上昇したことをもって、開門すれば浸透塩害が発生すると主張しているが、当時は内部堤防も未完成で、潮水が直接干陸地に侵入したのだから塩分上昇も当然である。しかし現在は内部堤防が完成し、その周囲には緩衝帯の役割を果たす排水路が整備済みである。しかも県の言う短期開門時の上昇は実際には微々たるものだったし、閉門中にも塩分濃度が短期開門中より高濃度になることもある(講演資料p.7の塩分グラフ参照)が、この間野菜栽培や営農に影響はない。
 3)潮風害  海岸近くの農地なら全国どこでもそのリスクはあるが、諫早だけ特別扱いをしなければならないのだとすれば、実際に農作物被害が生じたときに、国が補償すればよい。
 以上のように、別水源確保後の開門は、現行の営農力を高めることはあっても、低めることはないと言える。

 したがって別水源確保とポンプ場建設を条件とした段階的開門こそが、環境・漁業のみならず、防災・農業の向上に役立つことは明らかであり、開門に反対すべき合理的理由は皆無である。「開門アセス」と称して、農水省は具体的に何を新たに予測・評価しなければならないのであろうか。その問いには抽象的に「影響を科学的に判断するため」としか答えられないところからすると、農水省にとっての開門アセスとは開門の単なる回避策か先送り策にすぎない。アセス方法書素案などで示された各項目は、すでに農水省独自のシミュレーションや中長期開門調査検討会議などで検討されてきたものばかりであり、段階的開門であれば「影響を回避しての開門は可能である」という答えは出ているのだ。いま直ちに必要なのは、アセスではなく開門のための準備工への着手であるが、それはすなわち民主党政策集INDEX2009で謳われた「潮受堤防開門によって入植農業者の営農に塩害等の影響が生じないよう万全の対策を講じ、入植農業者の理解を得ます。」という公約の実行にほかならない。



水門開放問題の経緯
<第一期>
97年4〜6月 ギロチン直後に水門開放の世論沸騰するも、橋本政権は開門を拒否し、工事続行
<第二期>  
01年1月 大規模赤潮によるノリの色落ち被害を機に佐賀・福岡・熊本の三県漁連が水門開放を求め始める
3月  ノリ不作等対策関係調査検討委員会が開門調査に関する見解を発表
12月 ノリ不作等対策検討調査委員会が短中長期の開門調査を正式提言
02年4〜5月 短期開門調査実施
03年3月 委員全員が官僚出身者からなる中・長期開門調査検討会議(農水省・水産庁OB5人、建設省OB1人、環境庁OB1人)設置
12月 中・長期開門調査検討会議、中・長期開門調査に賛否両論を併記しながらも全体として否定的な報告書をまとめる
04年4月 佐賀、福岡、熊本の3県漁連の漁民約800人が、150隻の船で海上デモをし、中・長期開門調査を要求
5月 亀井農水相が中・長期開門調査の見送りを表明
<第三期>  
08年 4月 原告弁護団・漁民ネットなどが東京有楽町街頭で開門を求めるパンフを配布
4〜6月 「公共事業をチェックする議員の会」勉強会において、水門開放が困難な理由についての討論が繰り広げられ、農水省主張に科学的根拠のないことが明らかに(主張対照表参照)
6月 開門を命ずる佐賀地裁判決(判決要旨)
7月 若林大臣談話で、控訴する方針を明言すると共に開門調査のための環境アセスメントの実施を表明
9月 農水省が「潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価の指針(要領)」を発表
11月 長崎県が開門に反対するための宣伝パンフを発行、漁民ネットがこれを批判するパンフを発行
09年4月 九州農政局が熊本市で開催した説明会において、方法書骨子(素案)を公表すると共に意見の募集を開始。(弁護団意見書研究者意見書漁民ネット意見書
原告弁護団と漁民ネットが説明会会場前でチラシを配布すると共に、説明会後に農水省案への対案を記者発表
  漁民ネットが議員・行政向け提案チラシ配布
6月 漁民ネットが漁業者向けチラシ作成
7月 農水省が交渉において、「関係者の合意があればアセス途中での対策工着手の可能性」に言及
9月  九州農政局が募集していた開門アセス方法書へのパブコメ締め切り。弁護団日本海洋学会海洋環境問題委員会の委員漁民ネットラムネットなどが意見を提出。
 2010年3月 九州農政局が開門調査アセスの方法を決定したと発表(決定された方法書)。
4月  政府与党検討委(郡司座長)が「開門が至当」とする報告書を赤松農相に提出。
12月  福岡高裁が再び常時開門を命ずる判決(判決要旨)。菅内閣はこれを受け入れ、開門実施が法的に確定。
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